徒然草

土曜日の朝でも、早朝から目が覚める。


しかたがない、お体さんのいうとおり、寝床から起き上がる。


 


ひとりだけの朝食を摂り、子どもの朝食の準備も少しだけ。


しばし、新聞を拾い読み、PCを立ち上げる。


 


うちのお狸さんは、実家の大狸さまの具合がよくないので、


3日前から実家へ帰省中。なんとか落ち着いているらしい。


 


お狸さんの老親も、我が家の老親も、


80歳を超えてからは、以前のようではなくなってきている。


 


くりかえし、愚痴とか悪口もいうようになってきた。


 


かなわん、、、と思うけれども、じっと聞いていると、まるで、


自分の老後を透けてみるような気もして、


 


病状を詳しく聞いて、薬や医者のいうことなどを詳しく聞き、


はあはあなるほどー、とありがたく拝聴している。


 


不思議なもので、こちらが根掘り葉掘り聞いているうちは、


昔のままの親の顔のような気がする。


 


親指は、ほかの指をまんべんなく触れて、相手するんやで。


そう聞いた昔しの話し。


 


しらず、親指役は、親から子に変わってきているのだろう。


 


なのに、どっか子ども役の自分が残っていて、


だから、心のうちで「お父ちゃん、お母ちゃん」とつぶやく。


 


神社仏閣へいったとき、


 


いつの頃からか、うちの家族だけやなしに、私の実父母と


狸さんの義父母のことを神さんにお願いする自分がいる。


 


ふと、昔はこうしてお願いをされてたんやろなあ、と気づく。


おかげさんでなんとか、所帯はらせてもうてます。


 


神さん、ほんま、頼んまっせ。父ちゃん、母ちゃんのことを


あんじょう見守ってや。せやないと賽銭どろぼーでっせ!!


 


記:とらのこども


 


 


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by toranokodomo | 2013-10-26 10:03 | 宗教関係  

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