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「冬の準備」

散歩する。


 


蝉の死骸が落ちている。蝉は地中深く、子孫を残して


死んだのだろうと、その骸(むくろ)をみて思う。


 


木々の中には、早くも葉を黄色くしつつある樹がある。


太陽の日を受けない葉っぱは早めに落とすのだろう。


 


夏の日の恩恵を、樹の中ぜんぶにため込んで、秋の


実りに、冬の備えに使おうとしているのか。


 


「人生には、たった二つの生き方があるだけだ。

 一つは奇跡などないかのような生き方、

 


 もうひとつは、

 まるですべてが、奇跡であるかのような生き方だ」

 


そう、アインシュタインは言ったそう。


 


蝉などの昆虫、街路樹などの木々の生き方はどっち


だろうと、ふと思った。


 


人間様は不自由だ。歩けるし、話せるし、仕事という


日々の縛りがあるし、友人があり、家族がいる。


 


夏の日の恩恵を、自分のなかにため込んで、秋の


実りに、冬の備えに使おうとしているのか。


 


「百日の夏」が過ぎようとしている今だから、


 


そして、


人生の「百日の夏」が過ぎようとしている今だから、


散歩ついでに、いろいろ想う。ぐる・ぐる・ぐると思う。


 


ただ私の場合は、


ぐる・ぐる・ぐると思うだけ。思い悩みはしない。


 


汗いっぱいかいて、帰宅して、シャワーを浴びる。


氷をいれた、冷たいお茶が体に沁みとおる。


 


甘露~。


 


記:とらのこども


 


 


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by toranokodomo | 2013-08-31 11:11 | コラム  

「夏の終わり」

なつくさや つわものどもが ゆめのあと 


おくのほそ道」芭蕉句


 


 


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杜甫の「春望」の「国破山河在、城春草木深」が土台。


「人」とは、ホントにいたほうがいいんだろうか。


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by toranokodomo | 2013-08-31 08:24 | 写真  

「都会の雨」

金曜の夜、都会の雨のあとはネオンきらめいている。


金曜日でよかったね。

だって、キラキラできるから。

大阪の今日、午後の雨は物凄かった。

暑かった午前中の空気を、コンクリートを一気に冷やした。


でもでも、蒸し暑さがいっぱいで、

冷たビールの美味い週末になったと思います。


10時前、やっと少しすずしくなってきたかなー。

今晩は、ゆっくり寝れそうだ。



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by toranokodomo | 2013-08-30 21:31 | 写真  

うまく言えませんが。。。

ココロと体がねじれている感じです。

単純に気が乗らない、単純に動く気がしないのかも。



うまく言えませんが、本当は

心も身体も、うずうずしているのです。



でも、素直にココロも体も反応しません。

それをなんとなく感じている私です。



とりあえず、じっとしています。



まるで、池の底のなまずのようです。



無理はしないよう、衝動で動かないようにと、

自制の日々です。



ちょっと、苦しい。。。



我慢、我慢!!



記:とらのこども


 


 


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by toranokodomo | 2013-08-30 17:05 | 仕事の話し  

おしゃれは足元から~

もうすぐ夏も終わりです。


もうすぐ、いろんな靴を履ける季節になりますね。


 


おしゃれは、靴に極まれりやと思います。


10代、20代は、いろんな靴を買ったなあって


 


今さらながら、思い返します。


懐かしいなあ、またなんか買いたいもんです。


 


記:とらのこども


 


 


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PHOTO:画像ランキングより


http://tumblrport.com/jp/articlelist.php?format=photo&mode=rank


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by toranokodomo | 2013-08-30 07:17 | 写真  

恋に恋する、恋ごころ

お日様の光が射して、空が青く輝くように、


緑の草原にこそ、黄色い花が美しいように、


 


ひとには恋ごころというものがある。


 


そのもっともおおもとのピュアな部分って、


恋に恋する、恋ごころ。だと思う。


 


こどもが言った。


「ああー、大好きな人ができないかなあ!」


 


わたしは、何も言いはしなかったけれども、


こころの中で、大喜びしたのだ。


 


彼女はきっと、大好きな人を作るだろうと、


そう、予感したから。


 


ひとには恋ごころというものがある。


それは、大切な大切なもの。


 


それを、本当の宝物というのだ。


 


記:とらのこども


 


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by toranokodomo | 2013-08-29 17:11 | 恋愛、女性  

生きる杖を求めて。。。

ブログなどをさまよっていると、これは!という

言葉に出会うときがあります。





そういうときは、実は、なにかしら傷ついていて

救いを求めて右往左往しているのかも知れません。





 生きるということは、それだけ暴力(ことばの)

 に傷つけられたりすることなのでしょう。


 言葉により励まされもするし、

 言葉により意気消沈させられもする。


 そして、行きずりのなにげない言葉に、

 自分なりの意味を見い出し、


 それを頼りに困難な人生を歩いてもいけるのです。

 (以上、多川俊映さんのことばより)





気付きは感性です。

そして救いでもあるのでしょう。





記:とらのこども  http://plaza.rakuten.co.jp/toranokodomo/


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by toranokodomo | 2013-08-28 23:14 | コラム  

がんばれ、がんばれ♪

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by toranokodomo | 2013-08-28 07:33 | 金言、格言  

神との交流、ウッドサークル

真脇の高倉神社は、能登半島の先端にある須々神社の高倉宮から

その分霊を迎えて祀った神社であると、寺の由緒書にある。



須々神社は、イルカは神の使いであると考えて、捕らえることも

食することも禁じていたのに、高倉神社は「高倉の神はイルカを

好み給う」と言い伝え、イルカ漁の守り神になっている。



(特にシャチは海のカムイとして蝦夷の頃から神格化している)



北陸の古社である気比神宮もまた、イルカを食し、イルカを好む

神である。イルカとは、古くから、神の使いであり、神のくださ

れもの(注・おみやげ)だったのだろう。



(土産・みやげとは、神から 身や実をあげる が古意である)

(アイヌ語はミヤンゲ。天よりのミヤゲとしてもたらされる)



太古より真脇はイルカ漁の最良の漁場だった。徳川時代から明治

にかけても、イルカ漁は真脇の民にのみ許されていた。



真脇よりひとつ手前の宇出津では、イルカの肉はあんまり美味し

くはないし、漁師うちでは下の漁であるとされていたらしい。



ところが真脇遺跡が発見され、イルカ漁が非常にクローズアップ

され、宇出津の漁師さんたちが非常に驚いていると本にあった。



真脇遺跡は、縄文前期から縄文晩期まで、およそ四千年にわたる

複合遺跡であり、日本の古代を伝える超重要史跡だ。



この遺跡では、巨大な円形柱根群(ウッドサークル)と、おびた

だしいイルカの骨、能面に良く似た土のお面などが出土した。



特に巨大な円形柱根群(ウッドサークル)は人々を大きく驚かせ

た。その最大のものは、サークルの直径6-7mもある。



同じウッドサークルは、金沢のチカモリ遺跡、新潟の青海町寺地

遺跡などでも同様に見つかっている。



ウッドサークルの目的や、全体像はまだ確定されていない。その

大きな柱の上に屋根があったのか、人間が住んでいたのか、宮殿

であったのか、すべては謎のままである。



長くなるので結論を急ぐが、梅原猛氏は著書のなかでこう言う。



・柱は、人間と神との仲介者である。

・柱は、神の降臨、または人の神への祈りの発射台だった。

・人の祈りは、鳥のように天へと送り届けられる。

・ゆえに、今なお神社の門となる柱を鳥居というのだ。

・祭礼として、諏訪の御柱祭にその名残りがある。



天から、神から、ミヤゲをいただいた後には、

その返礼として、今度は人間がイルカを、鹿を、熊を、魚介類を

そのふるさとである天へ、供物をそえて送り届ける儀式をした。



それが、ウッドサークルであったという。



このウッドサークルは、古事記のイザナギ、イザナミが国産みの

ため、天の御柱を行き巡りて、麻具波比為む(まぐわいせむ)と



あった、天の御柱そのものだったのではないでしょうか。



わたしも著者と同じように思います。



記:とらのこども



(出典:日本冒険・異界の旅へ 梅原猛氏)

 


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by toranokodomo | 2013-08-27 17:13 | 日本の歴史  

夏の終わり

夏の終わりは、なぜか夕焼けが大きくてきれいだ。


8月下旬以降の夕焼けは、特に素晴らしい。


 


きっと、夏の終わりの雲が終わりを彩るんだろう。


太陽は、脇役なのかもーーと思ったりする。


 


夏の終わりを感じさせるもの。


それは、特に海。それも夜の海。


 


なぜかしら、深く、黒く、闇の世界へと続くように。


海は黒々と光っている。


 


もうすぐ新月。どうですか?


勇気を出して、見に行ってみませんか?夜の海。。。


 


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PHOTO:画像ランキングより


http://tumblrport.com/jp/articlelist.php?format=photo&mode=rank


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by toranokodomo | 2013-08-26 23:32 | 写真