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仕事の基本

知りたいことは、聞くのが1番。



Sよ。どうして、わからないことを、そのままするめるの?


Oよ。どうして、わからないことを、言い続けるの?

Sよ。知っている人に聞くのがいいと思うよ。



同じことを言うのも仕事だけど、言い続けるのはたいへんだ。

って、わかってないのは、もしかして俺か?



ゆっくり寝て、明日、元気に頑張ろう!!




記:とらのこども


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by toranokodomo | 2013-05-31 17:21 | 仕事の話し  

「運命からの自立」

自立とは何者か?




究極的には「運命からの自立」ということだ。



自分の場所、自分の環境、そうしたものは千差万別ではあろうけれども、

自立とは、なにものにも頼らず、自分の居場所を楽しめる精神の快活さのことだ。



例えば、ナチスの強制収用所に閉じ込められた人のなかでさえ、

過酷な現実のもとにあってなお、

 


有刺鉄線の下に咲く美しい花に心を寄せ、

曇りガラスをほの明るくする光を愛でた人がいた。



延命という観点で言えば、

将来を絶望視した人たちより、はるかに多く、このタイプは生き残った。



運命が過酷になるのは、希望を持たなくなったときからだろう。



希望さえ、抱き続けることができたなら、

人生で起こる大多数のできごとは、ちょっとだけ憂鬱なことに過ぎない。



まして不況とか、将来の不安なんてのは、強制収用所の過酷さとは比較にならない。

戦時というものは、厳しく、残酷なものだ。



 




自立は人生のうちで何度も訪れる。



最初は親からの自立。



帰属するものからの自立もある。

学歴を鼻にかけるタイプなら、肩書きも含め、一切のラベルから自立していない。



会社に己のすべてをかけてきた人なら、

組織依存から自立していない人がほとんどではないか?



流行をうらやましがる人、他人の成功をうらやましく思う人は、

精神の幼稚さから自立していない。



今、問われているのは、現実がどうなろうと、それに左右されないで

すっきり自分だけで立ち続けられるかどうかだ。



換言すると、一切の外的要因から自由になることだ。



運命からの自立とは、

自分の人生の主役は、あらゆる意味で自分だと腹をくくることである。

 


変化する環境に左右されず、自適になることだ。



悠々自適の自適だが、悠々でなくてもよい。



そう思えれば、ギャップなんてなんでもない。

 


環境の変化に伴い、不安になったり、落ち込んでしまうのは、

まったく自分が人生の主役になり得ていないということでなのだから。



運命に翻弄されない自分であれば、老後の人生であっても

ゆるぎない確信のもとに生きてゆけるはずだ。



透明なひかりのなかに、立っていられるはずだ。



弘兼憲史「俺たちの老いじたく」より。



 




  ときどき、はだかの自分の立場で、言葉をきちんと紡いで語るひとがいる。

  光り輝いて見える。自分もかくありたいものだと希求している。



  はだかには、なかなかなれないひともいる。

  そうした人も、一生懸命やってらっしゃるのがわかる。偉いなと思う。

 


  記:とらのこども

 


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by toranokodomo | 2013-05-30 17:21 | 本の話し  

ただ、あるがままに

私は雑草的存在に過ぎないけれど



それで満ち足りている



挫創は雑草として



生え伸び咲き実り



そして枯れてしまえば



よろしいのである





他と比較せず



自分が自分としてあるがままに



芽をふき



生え伸び咲き実り



そして、枯れる



これもまた、はなはだ潔い



そうした人生に



悔いなどあるだろうか



山頭火


 


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  誰しもその人のなりのままでよく、


  私も私のままでいい。わたしは名も無き雑草のごと。



  すねたりせず、ただあるがままに。

  バラでも、ボタンでもない。わたしはわたし。



  記:とらのこども


 


 


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by toranokodomo | 2013-05-30 06:57 | 詩歌のようなもの  

祈りが世界を変える

祈りの力が世界を変えると思うとらのこどもです。

みんなが願えば、思い願う未来は現実になります。



ただし、それを現実にできる人、できない人。

現実にできる国、できない国はあります。



その中にあって日本には不可能はないと思います。

日本でできなければ、地球では為しえないとさえ

思います。



そのくらい、日本には可能性があふれているんだ。

そう信じています。



今週末の選挙では、必ず、世代交代が起こります。

必ず、新人が増えます。女性も増えるでしょう。



今までの世界を作ってきていただいた功労者たち

から、これからの世界を作っていただく政治家へ



バトンタッチになると思います。



世界を変える、人類の祈りのような日本であって

欲しいと思います。



日本だけを考えているのなら、ダメになるんだと

思います。日本には責任があり、能力があります。



正義の力は、日本をかならず後押ししてくれます。

邪悪なものを排除して、強い日本に期待します。



記:とらのこども
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by toranokodomo | 2013-05-29 22:45 | 政治  

忙しい、忙しい、忙しい。。。

毎日、忙しくて目が回る。

あれもして、これもして、それからあれも、、、。全部、急ぎばかりだ。





まともに考えると、できそうにない。

そう思いつつ、あれをやり、これをやる。誰かにパスできるものはパスする。



納期を切られていても、今日中にできないものもいっぱいある。

明日でいいもの、今週中でいいもの、週末で間に合うものをチェックする。





トップがらみは最優先。万全の構えで、これを乗り切る。

顧客がらみも当然、優先処理だ。遅らすことはできない。助けてくれ!を連発する。

家族がらみも絶対、落とすことはできない。こどもが楽しみに待っているもの。





毎日、忙しくて目が回る。

あれもして、これもして、それからあれも、、、。



なのに、予定変更とか、、、

ダメでした、、、とか連絡が入ってくる。一体、全体、どうなってるんだ!?





それでも、最期にはちゃんとなるのが不思議だ。

なんとかしているから、なんとかなるのではあるけれども。

 




「なんとかなる。」


 


一休禅師の遺言である。

 




記:とらのこども


 


 


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by toranokodomo | 2013-05-29 17:21 | 仕事の話し  

真実とは、なにものか。

真実とは誠の姿であり、根本である。

誰しもその姿を知りたい、という欲求がある。



果たして、その「真実」というのは、ひとつの姿なのだろうか。

見方によっては、その形、姿を変えることは無いのか。

見まちがえることはないのか。



と、どうでも良い前置きはこのへんにします。





今日のことば。

「真実には科学的真実と、宗教的真実がある。」





これがわかれば、大人です。

とらのこどもは、まだまだ。Aさん、Tさんなら分かりそう。



教えてください。ペコリ。(へへ)


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by toranokodomo | 2013-05-28 17:22 | コラム  

あなたの使命は誰が決める?

例えば、友達5人で魚屋を始めた。 



僕は、店頭でお客さんといろいろな話しをしながら、良い魚を、 

ときには勉強したりして、笑顔で売りたい。 

 


なにより、お客さんの喜ぶ笑顔が好きだ。。。とする。 



でも、誰かが魚の仕入れに行かなきゃならないし、目利きが大事だ。 

また、誰かが魚をさばかなきゃならないし、包丁を使えないとならない。 

 


もし、それができるのがあなただけなら? 

 


 




生まれたときは、当然赤ちゃん。長じて、わんぱく小僧や、少女になる。 

でも、お父さん、お母さん、おじいさん、おばあさんを雇ってはこない。 

とすれば、期待される役割りって当然あるはずだ。 



会社で仕事をしてると、そういうことが分かる奴と、わからない奴に出会う。 

分かる奴は、経営者に可愛がられ、人事の意見を求められることもある。 



わからない奴は、どうしようもない奴だ。と思うけれども、 

かたくなに自分の仕事を守り、やり続ける。


 


結果、素晴らしいレベルに行く者が少なくないと思う。


これはこれで、本当に素晴らしい。 



木々の葉っぱは、日の光に当たろうときれいに並ぶ。 

 


他の葉っぱの下になった葉は、茎のところから水分補給を絞られる。 

そして枝ごと落ちる。 



銀行強盗のグループですら、役割分担をちゃあんとするのだ。 



まれにそれを気づかないひと、放棄するひとがいる。 

そうすると、一緒に魚屋もできないし、銀行強盗のグループもできなくなる。 



ひとりでは生きていけないのが人間というものだから、 

気がつけば、おかげさまの中で生かされているのが人間というものだから、 



どうしたらよいのか、よくよく考えたいと思います。 




記:とらのこども


 


 


 


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by toranokodomo | 2013-05-27 17:22 | コラム  

ブログから透けて見えること

いろんな人がいろんな記事を書いているけれども、


その記事はきっと、「自分に言ってほしいこと」じゃないかな。


 


そんな気がするのです。


 


世界のニュースを書いているひとは、世界のことを知りたい。


恋愛のことを書いているひとは、恋愛をしたいのだろう。


 


えらそうなことを書くひとは、偉そうに説教されたいんだろう。


知らず知らず、ミラーになっているブログの記事。


 


できるなら、手を差し伸べたいって思う。


(そんなことはしないけど。。。)


 


でもでも本当は、声をかけてほしいって気持ちはどっかある。


誰かわたしを見つけてほしいって思っているはずだ。


 


そうじゃなきゃ、どうして他人様の目にふれるブログを書く?


 


素直な気持ちになって、目の前の人に甘える。


馬鹿にされたっていいんだと思います。


 


女房に甘えなくって、どこの誰に甘えるというのかしら。


女性ってのは、ホント大きい包容力がある。


 


温かくってやわらかでしなやかで、強く激しく怖い女神様。


怒られるのが怖い。。。ご同輩、同情します。


 


わたしも同じです。


 


それでも、恥ずかしいことぜんぶ告白して、


ちゃんと怒られて、ホントどうしようもないって言われて、、


 


そこを乗り越えれば、女房ってのはありがたいものです。


女房を口説かなくってどうするの??


 


人生は長いんだから、


ぜひとも口説いて甘えて、楽しく過ごしましょう。


 


記:とらのこども


 


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「ぜったいに幸せにしてやる!!」


そう心に誓っているならば、女房ほどありがたいものは


ほかに無し。というわけで安心して今日もだめねといわれる。


ありがたし!!働くぞって心から思える。


 


 


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by toranokodomo | 2013-05-26 17:42 | 家族  

ホントの愛を感じてほしい

本当の愛を感じてほしい。意識して感じてほしい。




そして感謝して、次は意識して実践してほしい。それこそが幸せへの唯一の方法だと思う。




私の大切な友達。キムさんに捧ぐ。

 




誰しも、心の底で愛を求めている。

しかし、愛という言葉で総称される感情には、大きく二種類ある。



例えば、誰かを好きになったときに、胸がときめいて、気持ちが高まる気持ち。

”恋愛の愛”ともいうべき感情だろうと思います。

 


普通(特に女性)は、愛といえば、この感情を想定していると思います。



それから、深く理解され、受け入れられ、気遣ってもらううちに、自然と湧き出てくる

心のやすらぎ。深い結びつきを実感するときに得られる深淵なる感情が、

”慈愛の愛”ともいうべき感情だろうと思います。

大人のいう愛は、この感情を想定していると思います。



前者の愛を経験するのは、そんな難しいことではありません。

特定の相手に魅惑され、ひきつけられる衝動とともに、感情が湧き起こり、燃え上がる。

 




後者の愛は、たやすくは得られることはできないと思います。



恋に落ちるのは簡単。でも問題はそれから先です、

”生活”という現実のなかで生きているから。恋だけで時間は止まってくれはしません。



知り合ったばかりの新鮮なわくわくするフィーリングを持ち続けたいと、

誰しも思うことと思います。でも、そうはいかないのが、現実です。



間違いないことは、どんなカップルでも、心のソコで永遠で色あせない愛を求めている、

これはそのとおりだろうと思います。そんなことないって人は、建前でしょう。



言い換えれば、人間には心を満たしてくれるもの、

心身ともに元気付け、魂を救ってくれるものが、必ず必要なのです。



それこそが、真実の愛の力であると確信します。



真実の愛とは、単なるうきうきした感情ではありません。

 




真実の愛とは、


相手に対する行動や態度、正しい認識などによって、


意識的に創り上げ、


そうした行為を持続させるために、


現実的な努力をおこなうことです。

 




その結果、得られる愛は、人のこころを満たします。

その人を支え、癒す力を持っています。



努力しないのに、愛されない、、、というセリフを言う人はたくさんいます。



愛することが大事というのは、その愛するという努力、作業こそが大事だということ。

愛さないのに、愛されるはずもない。そんな簡単なことが、わからない人が大勢いる。

そのほうが不思議でなりません。



本当の愛の実践のためには、幸せをもたらすと同時に要求があります。

仕事をしないお父さん、食事を作らないお母さん、という意味もありますし、

 


親切な人間になること、現実的になること、

他人の気持ちがわかるようになること、

 


注意深く、思いやりのある、思慮深い人間になること、

直観力に優れ、意思の強い人になること、、、、。

 


これらは全て、たくさん愛するための要求事項に他なりません。

 




大きい、深みのある人間であることを求められているのです。



あなたが何をしようと、どんなことを達成しようと、なにになろうと、

それよりも人間の大きさを決定するのは、

 


あなた自身の愛情のキャパシテイの大きさにほかなりません。

 




わたしたちが一生のあいだに何かをしたり、言ったりすることは、

他の人たちとどれほど愛し合うことができるかということに較べれば、

 


最終的にはそれほど重要ではないことですから。



「好きな人と最高にうまく行く本」より紹介。

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/458439122X.html

ダフニー・ローズ・キングマ





  ただし、笑顔も、愛もすり減ってしまうので、

  砥石のような人には、近づかないのが1番。結構おられます。くわばらくわばら。



  TIPAには、愛がいっぱいあります。感じてくださいね。

  僕は、KIMさんの笑顔のそばにいるのが大好きです。

 


  記:とらのこども


 


 


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by toranokodomo | 2013-05-26 09:19 | 恋愛、女性  

「悲しい気持ち」

うれしい気持ち、楽しい気持ち、そういうものは


世の中にたくさんあるものだ。


 


悲しい気持ち、つらい気持ち、悔しい気持ちってのは


実は、なかなか経験できない。


 


経験の大切さは、実はそこにある。


 


できるものならば、つらくて悲しくて泣きたい気持ちは


想像の世界で経験したいものだと思ってる。


 


それであればこそ、現実の世界って


ホントにすばらしい、ありがたい、いとおしい世界だと


 


ちゃあんと理解できる。


 


それなりの大人になっていれば、


親の死、娘の死、妻の死は、想像できるはずだ。


 


想像のなかで、その人がいない世界を想像してみる。


悲しくって胸が張り裂けそうな思いを


 


できるだけリアルに、ちゃあんと擬似体験をしてみる。


 


妻や子のいない世界を想像すれば


大切な大切な存在だってわかる。


 


わかることが大切だと思う。


できることをしようって、ちゃんと思う。


 


大切なひとへ。。。


 


記:とらのこども


 


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by toranokodomo | 2013-05-25 16:45 | 恋愛、女性