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ある愛の詩inパリ(再掲)

ある愛の詩(パリ)



領事の手記

「パリで巡り会った親子の人生模様」 



ここはパリの病院の緊急集中治療室。フランス人医師が少年に話し掛ける。「君はフランスの小学校に通っている立派な日本の男の子だ。フランス語は分かるね。これから話すことをよく聞きなさい。お母さんは今静かに眠っている。君のことを夢に見ているかも知れない。でももう目を覚まさない。深い永遠の眠りの中にいて君とはもう話せない。あと数時間でお母さんは冷たくなってしまう。お母さんに最後の挨拶をしなさい」。



そう言って少年の手を、昏睡状態の母の腕に触れさせる。延命装置で生きて眠っているようにしか見えない母の顔に、少年はこわばった顔を近づけ、頬にキスをして「ママさようなら」と声にならない声で涙も見せずに小さく囁いた。



横にいた私は、少年に優しく語り掛ける医師の、一つ一つの言葉に感銘し目頭が熱くなってくるのを感じていた。母の死の悲しみを、こんな思いやりのある言葉で話し伝えることが出来るのか、とその真摯な姿に胸が熱くなっていた。これだけの優しい言葉を口にしてくれる日本の医師は、果たしてどれだけいるだろうか、とその時ふと思った。

 

8歳の少年に、母の死はあまりに酷で、泣く事を忘れさせるほど辛い事に違いない。それだけに少年の悲しみをいたわる医師の言葉に、心を打たれ救われる思いを抱いた。



続き : http://www.fr.emb-japan.go.jp/jp/ryouji/ryouji-syuki.htm



在フランス日本国大使館 : http://www.fr.emb-japan.go.jp/jp/index.htm

唸声の気になるニュースより:http://datefile.iza.ne.jp/blog/







  母の死の悲しみなど、失うときの悲しさ、儚さから、愛にまつろう話しが多い。

  失ってから気が付くのは仕方のない面もあろうが、生きて共にある愛こそ尊い。



  嫌なことも、苦しいことも、SETだからこそ、人生という愛になる。

  あなたの原点、あなただけの愛を再確認して欲しい。




  記:とらのこども


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by toranokodomo | 2013-01-31 16:30 | 指定なし  

ロスタイム(今、という瞬間)

文明が生まれて以来、世界人口は、常に急カーブで増加した。産業革命後は、

1800年10億人、1900年15億人、1950年25億人となり、1987年に50億人、1999年に

60億人、現在は70億人以上となった。もはや世界人口は地球という空間の中で成

長の限界を超えている。文明化した環境は容易に自然に戻らないため、地球環境

問題は後戻り不能だ。どんな対策を考えて実行しても遅すぎて元に戻らない。対

策は、すべて無意味で、無駄である。。



 私たちは今日たまたま昨日と同じ生活を送っているが、明日はどうなるかわか

らない。ラグビーでは、試合終了時刻をすぎても主審の判断で逸失時間相当分を

プレーする「ロスタイム」がある。今日の人類文明はロスタイムに入っており、

突然ノーサイド(試合終了)の笛が鳴って、異常気象や食糧危機や地球規模汚染に

よる大混乱となっても驚いてはいけない。



 四季の折々の移り変わりがはっきりしていてそれぞれに美しい日本に生きる人

々は、無常、生死一如の思想をもっていて、桜吹雪や紅葉という滅びの美を愛し

てやまない。物語でも、平家物語や近松・心中物がもっとも人々の心をひきつけ

てきた。



 栄華と聞くと、いつまで続くのか、どう滅ぶのかと落ち着かないが、平氏一族

の滅亡やこの世で居場所のない二人の道行きには、安らぎや清涼感を感じる民族

である。落ちるところまで落ちることは明快だからか。



 地球環境問題はもうどうにもならない状態にあり、人類文明は滅びの時にある

と、みんなに本当のことを伝えれば、やっぱりそうか、そうだと思っていたよ、

本当のことを教えてくれてありがとう、ならばせめて恥ずかしくない滅び方をし

ようと、かえって気持を引き締める人も多いはずである。



 人類文明がたまたま今滅びつつあるのは、私たちの世代の責任ではない。これ

は人類の原罪なのだ。裸の皮膚をもった人類が、南アフリカの洞窟を一歩出たと

きに、環境問題は始まったのであり、インダス文明やメソポタミア文明のように

地域規模で文明はすでに何度も滅んできたのだ。たまたま今それが地球規模での

限界を超えただけだ。



 いまさら時間を後戻りできない。どこにも逃げ場はない。かくなるうえは覚悟

を決めて、子供や野生動物のように邪気のない純粋な心を持ち、人類文明の数々

の過ちを反省しつつ、文明の滅びにあたってできるだけたくさん物の哀を感じる

物語や詩を生みだして、お互いに共感しながら助け合いながら、いつ滅んでもい

いように、ロスタイムの一瞬一瞬を前向きに生きていこう。



asahi-net・国際戦略コラムリンク集から (2007.11.30 おいらく期に、得丸公明)



とらのこども : http://plaza.rakuten.co.jp/toranokodomo/


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by toranokodomo | 2013-01-30 16:29 | 指定なし  

ゆうちゃん(再掲)

ゆうちゃんは、子どもらしく、めっちゃめちゃ元気。

別の言い方では、やんちゃ。悪い。でも、お母さん大好きで、とてもよい子だ。



お母さんの弟さんが京都にいる。このおじさんがゆうちゃんをとても可愛がっている。

それで、京都に遊びに行かせることになった。去年の冬。ゆうちゃんは、小学1年生。



ゆうちゃんちは、自宅から名古屋までは地下鉄、バスを乗り継いで1時間ほどかかる。

それで、お母さんがJR名古屋駅まで送り、

「のぞみ○○号の○両目に乗ったよ。よろしく。」と弟さんへ電話する。



京都に無事、到着。



新幹線ホームにおじさんや従兄弟たちが迎えに来ていて、楽しい楽しい休日が始まる。

ひとりきりの新幹線旅行だ。



ひとりで新幹線に乗って大丈夫だった?寂しくなかった?と、みんなが聞くけれども、

「ぜんぜん、大丈夫ぅ~。」とゆうちゃんは平気。子どもはたくましい。







さて、楽しかった休みも終わって、帰る日になった。

京都駅のホームで、おじさんちのみんなが手を振って見送る。

「ゆうちゃん、またおいでね~。」

「次は、名古屋に遊びに行くからね~。」



名古屋駅の新幹線ホームでは、お母さんが待っていた。

ゆうちゃんの乗った新幹線が無事に到着。降りてくるゆうちゃんを、待っているのだ。



おかしい。



乗ったはずの車両から降りてこない。新幹線から、もう降りてくる人はいない。

他の号車へ探しに行くけれども、やっぱりいない。



弟さんへ電話する。

間違いなく、のぞみ○○号に乗ったという。○号車も間違っていない。



でも、どこにもいない。

ホームをかけずって探す。改札にも行って見る。



も一度、ホームを探す。いない。別の改札へも探しに行く。いない。

駅員に相談。もうすでに、おかあさんは取り乱し始めている。



駅員は冷静に聞き取りをしてくれて、まずは呼び出しをしてくれた。

でもいない。手分けして在来線ホーム、名古屋駅コンコース内も探してくれた。



時間はどんどん過ぎていく。10分、20分、30分、、、。

警察に行き、捜索願いを出す。おかあさんは、もうぼろぼろに泣き崩れている。



もしかすると、誘拐かも。

もしかすると、何か事故か。とにもかくにも、ゆうちゃんはどこにもいない。



おじさんが名古屋まで駆けつける。

実はゆうちゃんちは、母ひとり、子ひとりの母子家庭なのだ。

お姉さん、大丈夫だからと肩を抱く。お母さんはおお泣きで、おめいている。







ところで、ゆうちゃんはといえば、、、。

実は、家にひとりでちゃんと帰っていた。途中、親切な人がいっぱいいたらしい。

名古屋駅でどうしてもママに会えず、仕方ない。自分で帰ろうと心に決めた。



地下鉄の乗り方も、切符の買い方も、乗り換えも、、、、

途中、途中で出会ったおじさんや、おばさん、お兄ちゃんや、お姉さんが教えてくれた。

バスに乗るまでも、知らないおじさんが案内してくれた。

事情を言って「お願いしますね。」バスの運転手さんに託してくれた。



それで、ゆうちゃんは無事に自宅に帰った。

鍵を持ってなかったから、そのままお母さんの帰宅を待っていた。





ゆうちゃんは、今日も元気で、悪くて、やんちゃだけど、お母さんのこと大好きだ。

お母さんも、ゆうちゃんをすごく可愛がっている。



小学2年生になって、去年とは見違えるほどまた成長したようだ。

ただし、次から京都に行くときは、ゆうちゃんもMY携帯を持っていくらしい。





  子どもは大人が思っている以上に、たくましい。立派だ。大人だと思う。

  男の子であればなおさらだ。ちなみに、とらのこどもも小学6年生くらいからは、

  成長していないなあ、と思っている。身体は成長した、もちろん、経験も積んだ。

  でも、精神的な部分はあの頃と変わりない気がする。




  記:とらのこども


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by toranokodomo | 2013-01-29 16:28 | 指定なし  

真の鏡を失ってはいけない

人には無限の可能性があります。




もちろん、自分自身のなかにも。


 


可能性を追わないのは、神への冒涜であり、自分を貶める。

可能性を追いすぎるのは、無謀であり、家族を苦しめる。


 


ほどほどのところを見極めて、

みんなが幸せになればいいのに、欲望に負けてしまう。


 


少なくとも、自分のことは自分で許さないと壊れてしまう。

連れ合いが許してくれたなら、生きていける。


 


だから、連れ合いという鏡こそ「真の鏡」。

 


鏡をうたがってはいけないんですね。


手を合わせて拝みましょう。


 


山ノ神さんは、きっと守ってくださいます。


なんと、死ぬまで。。。


 


記:とらのこども


 


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by toranokodomo | 2013-01-27 16:26 | 指定なし  

内なる宇宙との対話。真実の神秘。

内なる宇宙との対話。真実の神秘。 [ 忙中閑あり ]

過去ログからの、休日再掲シリーズです。



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自分の思っている自分と、他人様が思っている自分と、本当の自分と。

自分像には3通りあるらしい。そしてそれは全部が、本当の自分であるらしい。



であれば、自分の思っている自分からだけで考えると道を誤ることになるよし。

ゆえに、自分をよく知る先達に教えを請うことが肝要である所以(ゆえん)でもある。



どのような独裁者であっても、母親とか、妻を愛するのは、同根であろうと思う。

そうした人は、かけがいのない人なのだ。なにより理解には、時間がかかる。



そしてまた、本当の自分。これこそが最重要。これは内なる宇宙だ。果てがない。

そして、深く、遠い、暗い、はっきりとは見えない。深層心理の世界だ。



ために、瞑想し、座禅を組む。ヨガも同じ。内なる宇宙との対話でもある。

対話により真実の神秘を知るのだ。イメージを掴むのだ。



実践の世界と、内なる宇宙は、対を成している。

何十、何百の想念が、実践を支えている。



内なる宇宙のなかで、光の女神も手招きしているし、

暗黒の大魔王も手招きしている。ふわりと自由に飛んでいるようであるけれども、

小さい悪魔と、天使が押し合いへし合いしつつ、お尻を押している。



自分で泳がないと、気づかぬうちに流されていく。

霧のようなものに包まれて意識も遠くなっていく。



目覚めよ。姿勢を正せ。ふうーっと、息を吐いて、自分で進むのだ。

遠く彼方を見つめ、足元の一歩先を見つめ、

ともに歩く友を認めよ。



道は、内なる宇宙のなかで、白く、果てしなく、君を導く。



結論:自分の行くべき道も、なすべき結論も、自分のなかにこそある。



だが、自分との対話は非常に難しい。だから、本当の自分の代弁者となってくれ、

対話に付き合ってくれる人を、友人という。これは大事にしないといけない。

友人のなかに自分が宿っている。友人とは、自分の鏡であるから。



記:とらのこども 
http://plaza.rakuten.co.jp/toranokodomo/

 


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by toranokodomo | 2013-01-27 07:18 | 指定なし  

恋に落ちる。。 (フォール イン ラブ)

あなたは、誰を好きになる?



「恋に落ちる」という。


本当に落ちるから、落ちるという言葉になるのだろうと思う。



かくいう、とらのこどもも、過去に一度だけ、落ちたことがある。

「絶対ダメだ。絶対に止まらなくなる。」そう思っているのに、恋に落ちていく。



妻も、子どものことも捨てて、彼女に走ろうと何度思ったことか。

「絶対にダメだ。」そう思い定めて、自分の右足に短剣を突き刺して、血みどろに

なって、踏みとどまったものだ。あんなに苦しい思いは、もう二度としたくない。



死ぬかと思った。そしてまた、このまま死んでもいいとも思った。



夜の闇に、彼女が浮かび上がる。

毎夜、毎夜。浮かび上がり、襲ってくる。身体が痺れる。



時間が解決する。そう思ったが、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月。。。解決しない。

もっともっと苦しくなる。半年経ち、1年が経った。



薄いかさぶたの下には、真っ赤な血がどくどくと脈打っている。

自分でそれがわかる。



あれから、すでに10年以上になるけれども、古傷は雨が降るたびにうずく。

ハリーポッターの額のキズと同じだ。



近づいてはいけないものに近づいたときは、キズが腫れ上がり、どくどくと動き出す。



絶対的美形は、アイドルであり、偶像にすぎない。

恋焦がれたとしても、疑似体験を超えない。



本当の恋愛とは、自分の遺伝子の可能性として最高の組合せの相手を見つけたときに、

「恋に落ちる」という形で、その遺伝子を追いかけるのだ。



直感という判断回路が、瞬時に識別し、瞬時に恋に落とす。



誰も逃れられない。だから怖い。身震いするほど怖い。その怖さは教えられなくとも、

皆が知っている。身体をふるわせて、そのときを待っているのだ。



あなたが恋に落ちるのは、明日かもしれない。

それは、どんなホラー映画よりも怖いことかもしれないのに、、、。



記:とらのこども  
http://plaza.rakuten.co.jp/toranokodomo/


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by toranokodomo | 2013-01-26 17:17 | 指定なし  

寒いですね。。。

寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ


 


(『サラダ記念日』)  俵万智公式ホームページ 


http://www.gtpweb.net/twr/sakuhin.htm


 


夏の暑いときには、冷たさ、涼しさを感じられるように、


寒いときは、あたたかさを感じられる。


 


あったかさは、ほこほこと香りたつ、「焼き芋」くらいの


あったかさがいい。君の手のひらをあたためる。。


 


僕は、焼き芋になりたい。


ときどき、走って、買いに来てほしいから。


 


それまで、焼けた石のうえで、待ってます。


 


記:とらのこども


 


 


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by toranokodomo | 2013-01-26 07:15 | 指定なし  

蜂のムサシは死んだのさ~

「イルカに乗った少年」なら絵になるが、「蜂に刺された少年」ならギャグだろう。

でも、繰り返し、繰り返し、蜂に刺される少年というのは実在する。



今日はそんな少年の話しである。



MOMOの実家の庭には、かぼちゃが植えられていた。

ある日、かぼちゃ畑を見ると黄色い花がきれいに咲いている。のどかな庭の風景だ。

その中のひとつに、蜂が入っていた。オシベのまわりを、もそもそと動いている。



ふと思いついて、花を手でつまんでみた。

「ぶーん、ぶーんっ!」と蜂が暴れるけれども、出口が無い。逃げられない。



MOMOは,うれしくて小躍りしたくなった。

なかなか面白い思いつきだったぞ~、と思った。



「ハハハッ!逃げられんだろう。蜂のムサシもこれまで。ハハハッ!」

ところがその瞬間。



「チクッ!」



なんと蜂が、かぼちゃの花びら越しに指を刺したのだ。

「あうっ、痛っ。」 思わず握り締めていた花を放す。



ぶぅーん。



蜂は飛んでいった。

指は痛い。



猛烈な痛みだけが残った。





空を見上げて、蜂に悪態をつく。



「くそっ、くそ~。」 「蜂のやろう。」


「今度会ったら、ぶっ飛ばしてやる。」



痛みはますますひどくなる。涙が出てきた。


うるさく騒いでいたから、家の中から、いとこがでてきた。


「どうしたの?MOMO?」と聞かれれば、


なぜかますます涙が出る。



「うっ、うっ。蜂は刺したから、死ぬんだよね。死ぬんだよね。。。うえーっ。」



我ながら、馬鹿な少年であった。



続く。


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by toranokodomo | 2013-01-25 19:46 | 指定なし  

「できそこないの男たち」 光文社新刊

まずタイトルがよくありませんか!




「できそこないの男たち」

出来損ないなんだ~男って!





<生命の基本仕様>-それは女である。


すべての生物はまずメスとして発生する。


メスは太くて強い縦糸であり、オスは、そのメスの系譜を時々橋渡しし、


細い横糸の役割を果たす‘使い走り’に過ぎないーー。



著者は分子生物学者の福岡信一氏。





科学者のお立場で、男っていかに出来損ないでかわいそうな「性」なのか、


1冊の本を使って丁寧に楽しく解説してくれます。



一部の高名な研究者の下で働く「研究奴隷」のリアルなお話とか、


現実的にあまり知らないサイエンティストの人間臭い話も興味深いし、


アリマキの話や、


性決定遺伝子の発見者のおたくっぽさとか、


分かりやすく擬人化する日本語もとっても読みやすい。

文才がある科学者ってとっても魅力的ですね~~




ヒトの話。



 





受精後6週間はオスもメスも同じ過程を辿る。

このときに股の間を見ることができたら、全員が「この子は女の子だ」と


いうだろう。



全員「割れ目」があるそうです!

 


その後、Y染色体の働きにより、オスにされるものは肛門から上に向かって


閉じ合わされる。その「縫い目」が、いわゆる「蟻の門渡り(?)」である。



↑「縫い目」!!

私は持ってないので、ちょっと次男に見せてもらった。

 


ひゃ~~!!




 


今までまじまじと見たこと無かったけどホントに縫い目みたいです!

次男自身は「え?どれどれ?」って自分では見れないのね~~



私はよく自分がそのとき読んでる本を子供に読み聞かせるが、

これも少し読んで聞かせてみた。(望まれてはいないけど)



チンギスハーンの遺伝子が現在の1600万人に残っている事実に、


J兄が食いついてきました。

 


なんでなんで!って

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子供がいっぱいいたんだろうね~~




 


そしてその子供たちもたくさん子供をつくったんだろうね~


強い遺伝子ってことじゃない?



モンゴル帝国がどんなに広大だったかという知識がある


J兄にはちょっとお勉強になりました。



読み進んで、私の一つの疑問。

じゃなぜ、地球上の殆どのヒト社会で男性優位なのか。



著者は最後の最後で、この私の疑問に答えてくれます。




それは、「女が欲張りすぎたせいである」と。



オスは遺伝子の運び屋としての役割以上は担っていなかったが、

メスたちは、遺伝子を運び終わったオスに、


もっと使い道があるのではないか、と欲張ったというのだ。



巣を作って~卵を守って~





食料を持ってきて~子育ても手伝って~



なるほどね~分かりやすい。

そうして余剰な力をもってしまったのが今のヒトのオスだ。





私はPAPAと結婚して正解だったかはまだ分からないが

子供たちを見ていると、この子たちの父として

PAPAを選んで良かったとは思っている。



私もヒトのメスとしてあまり欲張らないで行こうっと。





マイミクの友人の話題から、ご紹介しましたー。




とらのこども http://plaza.rakuten.co.jp/toranokodomo/


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by toranokodomo | 2013-01-23 17:59 | 指定なし  

目的の持つチカラ

目的の持つチカラ [ カテゴリ未分類 ]



リサイクルシリーズです。「1年の計は、元旦にあり」ですから、

今年の目標を考える良い時期でしょう。





目的とは、自分を心から動かすものに、自分の力を用いることだ。


ディック・ライダー





成功の秘訣は、目的の一定不変にある。

スマイルズ





目的か、手段か、やる気か、できない理由は3つ。

中谷彰宏





自分の才能が何であるか(チカラ)と、何が自分を動かすのか(目的)が

分かってくれば、目的のチカラを手に入れたことになる。


ディック・ライダー



以上、世界の名言より。

http://www.e-searcher.jp/wise_saying/





  目的があれば、そのまわりに、ぐるりと、時間とエネルギーを組み立てることが

  できる。それこそが、目的の持っている本当のチカラだ。



  目的を持て!、もがけ!!、生きろ!!!

  必ず、素晴らしいことが、両手を広げて、待っているのだ。





  記:とらのこども http://plaza.rakuten.co.jp/toranokodomo/


 


 


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by toranokodomo | 2013-01-21 12:50 | 指定なし