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「SARSと5万円」

SARS:重症急性呼吸器症候群(じゅうしょうきゅうせいこきゅうきしょうこうぐん、Severe Acute Respiratory Syndrome; SARS(サーズ))は、SARSウイルスに

より引き起こされる新種の感染症。新型肺炎(非典型肺炎、Atypical Pneumonia)

とも呼ばれる。



2002年11月(広州市呼吸病研究所は7月と発表)に中華人民共和国広東省で発生し、

2003年7月に新型肺炎制圧宣言が出されるまでの間に8,098人が感染し、774人が

死亡した[以上、wikiより]。





このSARSがもっともホットだったのは、2003年の5月の連休。台北だったと思う。

どこへ行くにも消毒が必要で、マクドナルドまで自動ドアはロックされていた。



ドアの前で、両手を消毒し、さらに耳の温度計を計測して、その温度計を店の中に

いる店員の見せると、おもむろにドアが開く。そんな方式だった。



そんな台北に、連休を返上して出張していたとらのこども。(働き者だ!!)

コピー品の撲滅のため、刑事訴訟と強制捜査に同行してました。



いやはや、今から思えば懐かしい。。。





ところで、帰国すると、

「10日間、出社に及ばず。。。」と会社からメイル。



それを山の神に報告し、帰宅しようとしたところ、

「10日間、帰宅に及ばず。。。」と山の神からの電話!!



えーっ!!と心底、驚きながら、

帰国したまま、その足で下呂温泉へと出発。



口には、まっ白な大きなマスク。

どう見ても、怪しい。



下呂温泉の素泊まりの宿へしけこんで、7泊8日間の急なお休みでした。

誰とも会わず、誰とも話さず、下呂温泉の川を散策した毎日。



素泊り4千円の安宿とはいえ、毎日の弁当代、宿代などで約5万円ほど。

手元のおカネが無くなり、素寒貧。。。



ある日、温泉のパチンコ屋に行くと、

誰もいない一列があったから、ここならと座ってパチンコをした。



「7.7.7」と奇跡的に揃って、確変へ突入。

連チャンを重ねて、大箱にたぶん10箱。両替すると5万5千円くらい。



ちょうど、旅館代、毎日の弁当代、JRの旅費などがぜんぶ出た。



このパチンコの勝利。

間違いなく神様のくだされものやと思った。



感謝、合掌。。。



記:とらのこども





 


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by toranokodomo | 2011-08-31 21:31 | 自分の話し  

「悪口を言いましょう」

人はどうかすると、身近な人の悪口を言う。

気付いたことを言っているだけで、なぜか悪口に聞こえる。



勤め先の人のこと、商店のこと、

芸能人のこと、ニュースで見たり聞いたりしたこと、



そして、こども、親、そして連れ合いへ。



私は悪いお父さんなので、

妻や子供たちよりも、いっぱい悪口を言う。




「冗談じゃない、あんな馬鹿なことは許せない!!」



「あんなんじゃあ、死んだほうがましだ!!」



「人間じゃあない。鬼だ!!」





政治家のことも、けちょんけちょんにけなす。

うちの父親のことも、母親のことも悪口オンパレードだ。



もちろん、母親と話すときには、

電話でうちのかみさんや子供の出来の悪いことを嘆く!!



ほんとに馬鹿だ、どうしようもない。。。



すると不思議なことに、かみさんは母の味方をし、

うちの母は、家内を褒め称える。



「あんなにできた嫁はいないよ、

 あんたね、大事にしなきゃあバチが当たるよ」と。




かくして今日も、私は悪い男だし、悪い息子で、

悪いお父さんなのだけれども、



結構、わが家が平穏無事に暮らしているのは、

俺のおかげだろうと、内心では、思っているのである。



悪口も言いよう、使いよう。

醜い姿を子供にさらけ出すのがいいのだと思う。



記:とらのこども


 


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by toranokodomo | 2011-08-31 18:09 | コラム  

「金をくれ」

かつて、母親に金をくれ!というのは、

心が痛かった。



よく憶えていないけれど、とても言いにくかった。



菓子を買いたいから、小遣いをくれ、



漫画を買いたいから、金をくれ、



参考書代をくれ、靴代をくれ。



当たり前だが、何十、何百回と言っただろう。

どうして言いにくかったか。。。



今の子供はどうか。

心のどっかに、痛さはあるだろうか。



金をくれ。



できるなら、そういう言葉は言いたくないものだ。



なぜかしら、心が痛むから。。。



記:とらのこども


 


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by toranokodomo | 2011-08-30 18:07 | コラム  

お節介(おせっかい)

おせっかい(お節介)とは、お世話を焼くことだけれども、



余計なお節介、余計な口出しという言葉があるように、

これを嫌う人が多いものだ。



余計なお節介、余計な口出しというものは、元来、親のように

その人への厚意を以って、口出しをするんだけれども、



傾向としてはお世話しないようになってきているように思う。



理由は、嫌われることが多いから、、、。



ところが、口出しはされなくなっても、

半人前で、役立たずで、どうしようもない状況は、そのままで、



今度は、世間様がその人をつま弾きにすることもある。

要するに、役立たずなのだ。



有難くお節介を受けるか、

役立たずとして、つま弾きに合うのか、それは自由である。



ともかく、最初からできる人などはいないのだから。



かくして、世の中には役立たずが再生産されている。

あなたがそうでないことを祈るだけだ。



記:とらのこども


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by toranokodomo | 2011-08-29 18:06 | コラム  

あなたは守られている

地球がオゾン層で守られているように、あなたもまた守られている。

目には見えないが、いくつもの薄いヴェールに包まれている。



感じることはできる。そっと目を閉じて、両手で自分を抱きしめると。

そのうえからも、誰かがそっとやさしくあなたをいだいているのだと。



手の上に、そっと手を重ねるように。

オーラのうえに、またオーラが、いく層にも重なっている。



大好きな人、大切な人の名前をつぶやいてみてもいい。

ゆっくりと、やさしく、くりかえし、ささやく。



銀色の宇宙船がオゾン層を突き抜けて、大宇宙へ飛び立つように、

あなたもあなたの力で、どこへでも飛んでいくことができる。



でも、時間を超えて、空間を超えて、あなたはいつも守られている。

そっと、ぎゅっと、確かに、いだかれているのだ。



君守る/いつもどこでも/遠くから/気付いてこころ/キュンと鳴れ!



キュンって鳴って、また力の限り、走ればいい。

あなたは守られているのだから。



記:とらのこども


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by toranokodomo | 2011-08-28 18:04 | コラム  

幸せは自分でつくる

『何かをするとき、



いやいやながらするな、

無思慮にするな、

心にさからってするな』



マルクス・アウレリウス (ローマの皇帝・哲学者)





ハートを鳴らそう!!

これは、ソニーの20年前のキャッチフレーズだった。



みんなでハートを鳴らしましょう。

みんなでよく考えましょう。

みんなで始めましょう。



自分でやるんです。

「幸せ」は作るもの、待つ物ではありません。



記:とらのこども


 


 


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by toranokodomo | 2011-08-27 20:02 | 金言、格言  

「未来記」

東北大地震で、多くの神社の手前まで津波が来て、そこで引いたと

いう事実があることをご存知でしょうか、このため、神社から撮影

した津波のビデオが多数存在している。これが可能であるのは、岩

手でも宮城でも、津波の上限ラインジャストとも言うべき奇跡的な

線上に神社あり、そこで津波が引いていることによる。



これはいったいどういうことなのかというと、当然のごとく神社の

主が神社を津波から守ったということではなく、昔の人間が経験に

よる知識を後世に残したいと思ったからである。昔からの数度の津

波を経験し、それを子孫に語り継ぐ知恵である。



大きな地震があったら津波が来て大変なことになるから、この神社

の位置まで逃げてきなさい、と過去の知恵を神社という形にして、

説教しているのだ。



神道・仏教は、生活の知恵を宗教の形で示したのであり、これが日

本人の知恵の生かし方、生き生きと生きている形にしたのである。

それが神社の位置という形で残っているのだ。



日本には日本固有のコミュニティがあり、その上に習慣と教訓があ

る。この世に生きる術を宗教という形で知り、学んで後世に伝えよ

うとする人の知恵である。



1.予言体系の根本

このように日本固有の知恵があり、その究極的な形が未来を見通す

予言体系にもなっている。日本でもユダヤ教、キリスト教の予言体

系を五島勉さんが紹介して有名になり、特に「ノストラダムス」の

予言書は非常に有名になったが、ヨハネ黙示録などの旧約聖書の予

言がユダヤ教、キリスト教予言体系のベースになっている。生から

死までの繰り返しのない予言体系になっている。



これに対して、東アジアにはインド哲学から来ている仏教の預言書

体系がある。インドのヒンズー教と同根としての仏教哲学は生まれ

て、そのため破壊と創造の繰り返しで世界はできているという予言

体系ができている。アジアと欧米では予言体系の根本が大きく違う

ことになっている。



その最初の預言書は、釈迦が書いたとされる「未来経」であるが、

この預言書は無、誕生、成長、全盛、衰退、崩壊、無の連鎖である

というのだ。諸行無常、盛者必衰の予言観である。この予言観が仏

教伝来とともに、日本にもたらされる。



仏教に最初に影響されたのが、聖徳太子であり、この太子が書いた

とされる予言の書として「未来記」「未然紀」がある。太子は秦氏

との関係が深いことから、仏教+景教の影響を受けていたとされる。

このため、旧約聖書をある程度知っていたともされる。



「未然紀」には、三儀預言とも言われる。過去、現在、未来を1000

年単位で述べている。繰り返しの歴史観が出ている。この預言体系

から日本の預言は始まっている。



聖徳太子は、将来の形が見えるので、施薬院(今の病院)、悲田院

(今の孤児院)を日本の最初に行う。この太子の施策を参考にして

、後世に光明皇后が同じ施策を行うが、現在は光明皇后の施策しか

歴史書には出ていない。この裏には景教の影を見て取れるのである。



楠木正成は、隠岐に流された後醍醐天皇の呼びかけに応じて挙兵し

たが、その時戦勝祈願をするために浪速の天王寺に詣でた。そこで

寺宝として伝わる聖徳太子の予言書を見せてもらう。そこには鎌倉

幕府の滅亡と後醍醐天皇の勝利が予言されており、彼はそれを読ん

で自信を深めたという。これが「未来記」である。

 


以上は、国際戦略コラムより転載。


上記の記事の続きは、有料版で読むことができます。


http://www.asahi-net.or.jp/~VB7Y-TD/230821.htm


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by toranokodomo | 2011-08-27 18:01 | 宗教関係  

「うちの狸さんの話し」

うちの狸さんは、テレビ朝日系列「ラブアタック」のかぐや姫。


ところが、収録直前のドタキャンでテレビには出ず。


 


テレビ朝日さん、ごめんなさい。


 


うちの狸さんは、新婚早々、


「女も社会参加よ!、バリバリ稼ぐわ!!」ということで、


とある保険会社で外交員をしてました。


 


ところが、既婚者だと言っているのに、


お金持ちのお客さん、さらに上司にまで求婚されて、、、


 


どうしよう???と言うので、そんなもん、当然、


「そんな仕事、辞めんかいっ。」と一喝。


 


美人には美人の悩みがあんねんなあって、


結婚して、つくづく思いました。


 


ところで、私といえば、


そんな世間さまの認める、美人の狸さんのことを、


 


ごく普通に接して、ごく普通に話してただけ。


良いことは良い、悪いことは悪いと、当たり前のように。


 


それが、ちやほやしてくれる他の男性よりも、


私を選ぶとことが、狸さんの偉いとこやったと思います。


 


年月の経つのは早いもので、


初めて出会ってからもう26年と半年も経ちます。


 


うちの狸さんになってから、23年と8ヶ月。


そう、わが家は平成元年1月の結婚なのでした。


 


昭和天皇さんの崩御が1月7日。


 


その22日後、結婚式を中止するかどうか悩んだ末に、


結婚式をあげたのを、今も思い出します。


 


昭和天皇さん、ごめんなさい。


小生、心より尊敬しています。ご冥福をお祈りします。


 


記:とらのこども


 


 


(あとがき)


  さて、狸さんとゴールインできた私ですが、実は


  美人がすっごい好きなんです。でも、おかんが、、、


  強いものをくじき、弱いものいじめはいけません。


  そんな教育を私にしたから、美人をちやほやせず、


  それで却って好きになってもらい、結婚したねんと


  思います。なぜか、惚れられて結婚した私ですが、


  結婚してからは、私が惚れて、何度もラブアタック。


  同じ人やのに、何度も恋愛してる気がしますなあ。


  その度に違う顔を見せるから、違う人みたいです。


  ほんま、この人、狸さんやと思います。


 


  そんな狸さん。黒木瞳に似ています。


  かわいいけれど、悪い人。


 


 


  

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by toranokodomo | 2011-08-27 09:47 | 自分の話し  

目に見えるもの

テレビで見たある番組で、



欧米人は中心にあるものを集中して見る。

アジア人は、周囲のものもよく見ている。とあった。



そもそも、目の作り自体の違う生物もいっぱいあるんだから、

同じ山、同じ森、同じ動物を見ても、違って見える。



私たちは、目に見えるものを

確かなものとして、過信し過ぎてはないだろうか。



目に見えるからある。。。それはそれで一つの真実。

でも、目に見えてないもののほうが、実はたくさんだ。




例えば、湖の畔から湖水を見れば、

見えているのは、水の表面だけなのは、考えれば分かる。



水の中の魚たちも、水草も、ごろごろある岩も、

そもそも水の深ささえも、見えていない。



人の認識もそう。



目の前のことをしっかり見ている人もあれば、

深く洞察して、10年、20年後を見通す人もいる。



見えているもの、見えていないもの。

それを知った上で、見えているものを信じる人は幸せだ。



ロシアのことわざにこうあるそうです。



「昔のことを覚えているものは、片目がつぶれる。

忘れるものは両目とも!」




本来、賢人とは時間をかけて賢き答えを出す人でしょう。



あわてない、あわてない。

ひと休み、ひと休み。いっきゅーさ~ん。



記:とらのこども





  目に見えていないところに真実がある。

  それを知ったときに、心がふるえるのだと思います。
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by toranokodomo | 2011-08-25 18:19 | コラム  

わたしの好きな歌

手嶌葵 「テルーの唄」です。



たまに夜遅く、ユーチューブで聞いています。

こころがふるえます。



中でもこの音源が、いちばんいいです。

http://www.youtube.com/watch?v=v5BjYYId4U4


 


皆さんは、どんな音楽が好きでしょう?



記:とらのこども

 


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by toranokodomo | 2011-08-20 18:46 | 音楽の話し