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やまと言葉のこころ

目と芽、鼻と花、歯と葉、耳と実(み)、頬と穂(ほ)。顔

と植物の各パーツが、まったく同様の音を持つ言葉で呼ばれて

いるのは、偶然だろうか?



 万葉学者の中西進氏の説によれば、これらは語源が共通して

いるからだと言う。漢字にすれば、まったく別の言葉のように

見えるが、古代の日本人は、顔のパーツも植物のハーツも、

「め」「はな」「は」「み」「ほ」と同じように呼んで、同じ

ようなものと考えていたようだ。



 たとえば、鼻は顔の真ん中に突き出ている。同様に「花」も、

植物の枝先の先端に咲く。そして岬の端も「はな」と呼ぶ。薩

摩半島の「長崎鼻」がその一例である、さらに「かわりばな」

「しょっぱな」「寝入りばな」など、物事の最初を表す意味も

持つ。



「からだ」とは、幹をあらわす「から」に接尾語の「だ」がつ

いたものである。「から」が植物にも使われた例は、稲の茎の

「稻幹(いながら)」、芋の茎の「芋幹(いもがら)」などの

言葉に残っている。



 古くは手足のことを「枝(えだ)」と呼んだ。「手」「足」

と呼び分けるようになったのは、奈良時代あたりからである。



 もう明らかだろう。我々の先祖は、植物も人体も同じものだ

と見なしていたのである。すべては「生きとし生けるもの」な

のだ。こうして古来の大和言葉の源を辿っていくと、古代日本

人の世界観が見えてくる。



  このシリーズは続きます。


 


記:とらのこども





■リンク■

a. JOG(318) 国語の地下水脈

日本人の感性を磨いてきた名文を暗誦すれば、生きる力が湧いてくる。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h15/jog318.html



1. 中西進『ひらがなでよめばわかる日本語』★★★、

新潮文庫、H20

 http: //www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101348510/japanontheg01-22%22
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by toranokodomo | 2011-07-30 18:36 | 日本の歴史  

「蝉時雨」

6時前、ふと目が覚めて、

外から雨の降る音、そう思ってベランダへ出ると、



蝉時雨だった。

静かに降る朝の雨の音、驟雨の音と間違えた。



新聞とPCを覗いているうちに、7時半になった。

タバコを手にベランダへ出ると、



蝉時雨は、夕立のように賑やかになっていた。

新聞を見ているうちは、気付かなかった。



今日から三連休のわたし。

初日の朝。



空の青も、いつもと同じはずなのに、

うす雲ひとつひとつが、夏らしく、いとおしい。



歳を取り、やがて寒鯉などをじっと見ている。。。

というような短歌があったが、



昔は理解できないなあと思って印象的だったのが、

今は共感できるような気がするのです。



ただただ、いろいろなものをじっと観る。



ただただ、感じるままに感じる。



そんな気のする今朝なのです。

もっとも、すべては気のせいかもしれません。



記:とらのこども

 


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by toranokodomo | 2011-07-30 07:46 | コラム  

幸せはどこにある??

幸せはどこにある?、言い古されたセリフだけど、

みんな気になるこの命題です。





結論を先に言うと「余計なことのなかにある」





毎日の仕事、毎日の生活はとかく忙しい。

あれもしないといけないし、これは今日中に。。。





そうやって、日々追われるばかり。


ようやって作り出した時間で、


やっと読めたこの宮部みゆきの「○○○」だったり、


ようやく行けたね!、という温泉旅行だったりする。





なんでも、80対20の法則というのがあるらしい。





80%の時間がかかるもののなかに、20%の幸福、

残りの20%のなかにこそ、80%の幸せがあると。





そういわれて見ればそうかも。。。





会社80に、自宅の自由時間が20とか。

家事が80に、ゆっくり休憩は20とか。





追われる事務処理80に、やりたかったテーマ20。

余計なことこそ、楽しいのかも。。。





というわけで、今年もまだ半分弱あります。

がんばって、楽しいできごとを作りましょう。





それは自分からの、幸せの贈り物です。





記:とらのこども






 


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by toranokodomo | 2011-07-28 18:36 | コラム  

旅の思い出 北海道・天売島

自分が瀬戸内の島に生まれ育ったせいか、灯台が好きです。

学生の頃、勉強に煮詰まるとよく灯台まで行ったものです。



高松港の赤灯台には、100回くらいは通いつめましたね。

悲しいと行くし、うれしいと行く。不思議な場所でした。



それで、あっちこっちの旅行先でも、ふらりと灯台へ行く。

海を眺めて、しばしぼーっと立っています。



そんな私がすっごく記憶に残っているのが、

北海道天売島の赤岩灯台です。



何も無い草原をずっと歩いて行った一番先っこにポツネン。

オホーツクの海を背に立っている赤岩灯台。



なんとも印象的な灯台でしたね。



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ところで、すっごい憶えているのはなんでかというと、



この灯台まで1ヶ月以上の北海道旅行で撮り貯めた写真が、

この灯台の前でパアになったんです。



どうしてもフィルムがカメラから出てこなくて、

仕方が無い。えいっとカバーを開けてフイルムを引き出す。



当然、露光してパア!!



そのフイルムを風になびかせて、灯台の前で記念写真です。

今も目に焼きついている1シーンです。



そのときの僕たちのセリフは、

「写真がなくてもええねん。忘れたらまた来るんや!!」



今、思い出しても、格好いいですねえ。(自画自賛www)



ところが、その記念写真。なんとそれから半月分の写真も

やっぱりうまくフィルムを取り出せなくって、



またもやパア。



パアなのは、フィルムだけでなく、僕たちだったかも。。。



でもいいんです。

あの北海道の景色を忘れたなら、また行くんですから。



でっかいどー、北海道。

それは、18歳の夏休みの大旅行でした。



記:とらのこども





  大きな海。大きな空。そこに屹立している灯台。

  他には何も無い。ほんとに何も無いんです。

  お勧めの景色です。少年が大人になる。


 


 


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by toranokodomo | 2011-07-28 06:35 | 旅行の話し  

旅行の思い出 高速バス

安くて便利な高速バスが、

各地方と東京、大阪、名古屋などをむすんでいます。



わたしも帰省のときなどに使ったりします。



あるとき、観光旅行でうちの両親が奈良まで来ました。



ところで、親父殿が思い立ったようで、




「momoや、奈良まで来てるから迎えに来てくれ!!」

「オマエの家にも、行ってやらないかん」



そりゃどうも、というわけで

往復300kmほど走って迎えに行ってきたんです。



数日、わが家で過ごして、

名古屋観光&名古屋のおいしいもん巡りをご案内です。



それで、帰りは費用を倹約して、高速バスで帰ることに。

会社へ出社前、名駅のバスセンターまで送って行きました。



「じゃあ、元気で!!」

「バスは、しんどいから、休憩のときは体操しいや!!」



そう言って分かれました。



その夜。親父殿からの電話。



「あのな、むっちゃ楽チンやったわ」

「お母さんとわしだけ。貸切りやったんじゃ!!」



とのたまう。



なんと他に乗客がいなかったために、バス車両ではなく、

ハイヤーのような車両で送ってもらったらしいです。



あるんですねえ、そういうことが。。。♪



記:
とらのこども (2009,08月記事の再掲)


 


 


 


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by toranokodomo | 2011-07-27 18:42 | 旅行の話し  

旅行の思い出 列車編

JRの鈍行に揺られて、九州から四国への鉄道旅行。

おばかな馬鹿口をあけて、



「ブバアッ~」と、いびきのような、

あくびのような、太い息を吐く、私の友人でした。



「わあっ、怪物だ!!」



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たまたま通りがかった小学生が、その友人を発見。

すごいものを発見したって感じでした。



すこしすると、



「なっ、なっ。めっちゃすごいやろ!!」

「本物やで、これは!!」




「ほんまや、これはめっちゃすごいわ。」



数人の小学生が、おそるおそる見に来ました。



もう少しすると、



またまた別の小学生たちがやってきて、



「うおーっ、ほんまや!」

「来たな~、これは。」




などと、騒いでいます。



私はしらんぷり。



友人は何もしらずに、ぐおーっと言ってます。



ふと、何か気配に気付いて目覚めた。



「ぎゃーっ!起きたで~っ。」



押し合いへしあい、逃げる小学生たち。





「なんや、あいつらは。。。?」



友人が寝ぼけ眼で、俺に聞いてくるので、

かくかくしかじかと、手短に説明。



「ぐおーっ。なんやとお~。」

「俺が怪物とは、許せん。どの小学生や。あいつかっ。」



「しばきまわしてやる!!」
と大音声で叫ぶ。



隣りの車両へ、小学生を探しに行こうとした彼を

必死に押し止めた私です。





窓の外は、のどかな太陽。

そして、瀬戸内の景色がゆっくり流れておりました。



友達との旅行ってのは、いいもんです。

時々、なつかしく思い出します。



記:とらのこども


 


  ps  写真は急行北国です。懐かしい。。。


  この列車に乗って、日本海を延々と北上。


  北海道へ行ったのが、わたしの初めての大旅行でした。


 


 


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by toranokodomo | 2011-07-26 18:35 | 旅行の話し  

旅の思い出 : 郵便船

旅行と言っていいかどうか迷うのですが、

瀬戸内海の郵便船に乗せてもらったことがあります。



夏休みのある日。友達ののぼるくんに誘われて、

彼のお父さんの船に乗りました。



そう、友達のお父さんが島の郵便局長さんでした。

それで、もっと小さい島を回るんです。



とにかく晴天で、気分良く、船の舳先に腰掛けて、

海の中を空飛ぶように、走って行きます。



ちょっと怖くって、足の裏がむずがゆくなります。

それでも、うれしくって大騒ぎです。



小さい島をいくつも廻り、

郵便物と荷物を降ろし、また積み込みます。



僕たちも、持てるものは手伝います。

うんしょ、うんしょと運んだような気がします。



でもでも、今でも一番、思い出に残っているのは、

船の上で食べたスイカです。



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みんなが、ひとり半玉ずつ、どーんと足の上に乗せて、

スプーンですくって食べます。



丸ごと食べるのがうれしくって、

島巡りの瀬戸内の景色よりも、スイカを憶えているってのは、



つくづく、ガキだったんですねえ。



ともあれ、この思い出ゆえに、私の瀬戸内海のイメージは、

甘く真っ赤なスイカとともにあるんです。



記:とらのこども


 


 


 


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by toranokodomo | 2011-07-25 19:07 | 旅行の話し  

日本の神話 その20 神々の時代の終わり

神から人へ(神々の時代に幕)   





ホオリの孫にあたるカムヤマトイワレビコが、日向を発って東に向かう。

戦いを続けながら筑紫、熊野をへて、大和に向かった。





いわゆる神武東征の話である。





大和を平定したカムヤマトイワレビコは、奈良の橿原(かしはら)で

初代の天皇に即位し神武天皇となる。





こうして、神々の時代は幕を閉じるのである。





アマテラスや、オオクニヌシの他に、自然そのものである神としては、

山の神オオヤマツミや海の神オオワタツミ、同じく住吉の神、火の神

カグツチなどがあげられる。





またある役目を受け持つ神としては、祭祀の神アメノコヤネ、託宣の

神コトシロヌシ、戦いの神タケミカヅチ、タケミナカタ、医療の神

スクナビコナなどがあげられる。





日本人はこれらの神の中から、そのとき求めている御利益にふさわし

い神を選び、信仰しているといっていい。





神々がもたらす幸は、「御神徳」と呼ばれているが、それぞれの神の

御神徳のいわれが、神話には豊かに描かれている。




 


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by toranokodomo | 2011-07-24 17:57 | 日本の歴史  

日本の神話 その19 初代天皇の誕生

もとの姿で出産するトヨタマビメ〈トヨタマビメの正体)



ある日ホオリのところへ、海の国での妻であったトヨタマビメが、

やってきて、次のように言った。



「私はあなたの子を妊娠し、そろそろ生まれる時期になりました。

天の神の子は、海の中で生むべきではないので、陸に出てきたの

です」 



そこで海辺に産屋を作り始めたが、それが作り終わらないうちに

トヨタマビメは産気付き、産屋に入った。その時、トヨタマビメ

はホオリに「他の国の者は子を産むときは、自分の国の形になり

ます。だから私も本来の体で産むので、私のことを見ないで下さ

い」と頼んだ。



しかしホオリはそれを不思議に思い、出産をしているトヨタマビ

メを見てしまう。するとなんとそこでは大きなワニがのたうちま

わっており、驚いたホオリは思わず逃げてしまった。



トヨタマビメは覗かれたことを知って恥ずかしく思い、生まれた

御子をおいて海の国へ帰ってしまった。



生まれた子はウガヤフキアエズと名付けられた。

産屋ができないうちに生まれた子という意味である。



トヨタマビメはホオリが覗いたことを怨みながらも、恋しく思う

気持ちに耐え切れず、子を育てるための乳母として妹のタマヨリ

ビメを遣わした。



ウガヤフキアエズは成長すると乳母で叔母のタマヨリビメと結婚

をし、四人の子をもうけた。



その末子はカムヤマトイワレビコと言い、初代の天皇となった。





「見るなの禁」は破られる   


ととえば有名な「鶴の恩返し」も、黄泉の国にいったイザナミも

イザナギに対して「見るなの禁」を課し、その禁が破られたため、

二人は永遠に別れるになった。





携帯のメイル履歴なども同じかな。


 


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by toranokodomo | 2011-07-24 11:55 | 日本の歴史  

日本神話 その18 海幸彦・山幸彦

海幸彦・山幸彦〈争う兄弟、山幸彦はワタツミの宮へ)



神々は兄弟同士でも争う。アマテラスとスサノオが争った。

オオクニヌシも兄弟と争った。対照的な性格の二人の兄弟が

争う話が海幸彦・山幸彦の話として知られるものである。



コノハナサクヤビメが生んだホデリは海幸彦として漁をして

生活し、ホオリは山幸彦として狩りをして暮らしていた。



ある日ホオリはホデリに、「それぞれの道具を取り替えてみ

よう」と提案した。



ホデリはなかなか承知しなかったが、ようやく取り替えるこ

とを許した。ホオリは一匹の魚も釣れずついには釣り針まで

無くしてしまった。



ホデリはそれを許してくれず、自分が貸した針を返せと言う。



ホオリが海辺で泣いていると、塩椎神〈シオツチ)がやって

きて「どうして泣いているのですか?」と聞いた。



ホオリが事情を説明すると、シオツチは、この船に乗って

海の神〈ワタツミ)の宮に行きなさい」というので、言う

とおりにワタツミの宮へ行き、ワタツミの娘〈トヨタマビメ)

に会う。



ワタツミは、すっかりホオリを気に入り、娘を結婚させた。

オホリは三年間海の国に住んだが、あるときここへ来た理由を

話した。



ワタツミは魚を集め尋ねた。そして釣り針を探し当て、兄に

これを返すときに智恵を与えた。



そして兄に釣り針を返すとホデリは段々貧しくなり、ついに

攻めてきたが、ワタツミに教えてもらったとおりのすると、


ホデリは改心し「これからはあなたの護衛になります」と

言ってきた。



ここで見る末子相続話は、古代においても、神話においても

よく見られる。


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by toranokodomo | 2011-07-23 07:02 | 日本の歴史