カテゴリ:コラム( 105 )

 

「夢を語る人」

夢見る人は、ホントはいっぱいいるものだ。


わたしもそう、あなたもそう、みんなそう。。。ですよね!?


 


でも、その夢を家族や恋人にさえ語らない人が多いのでは


ないでしょうか。なんとなく、そんな気がするんです。


 


本当は行きたい大学があったり、


本当はやりたい仕事があったり、


本当はこうしてああして、、、本当は大好きなあの人。。。


 


みんなじっと我慢している。耐えて、現実の日々を送ってる。


そうして、自分を守り、家族を守っているんだと思います。


 


できもしないことをと、夢を語る人をバカにする風潮を嘆く!


 


私は逆に、夢を語らない人を責めてみたい。


夢を語る人を、あたたかく見守りたい。


 


言挙げ(ことあげ)をするということは、本当は勇気のいること。


 


会社のこんなところがダメ、こうしなきゃダメ!!!


本当はみんな知っている。言わない、ふれない、変わらない。


 


会社のこと、社会のこと、政治のこと、


自分のこと、世界のこと、いろんなことについて、


 


夢を語る人はいいなあ、好きだなあと思います。


心より応援したいと、わたしは思います。


 


記:とらのこども


 


 


 


 


[PR]

by toranokodomo | 2013-11-25 07:22 | コラム  

「毒のある人」

毒のある人



毒のある人がいる。

神経毒もあれば、肉体的な毒もあり、環境を汚染する毒もある。



どの毒も、周囲に迷惑をかけることには変わらない。

私が一番、困るのは、やる気を阻害する毒だろうと思っている。



その人といると、どうしてもやる気がおきない。。。

そういう人がまれにいる。



その人自身は、やる気の無い人かと思えば、逆にやる気満々。

声もでかいし、態度もでかい。頭もすごくいい。



そういう人は、目と額が異様に大きく、逆三角形。

仮面ライダーにちょっと似てるかも???



下の人間への配慮も行き届けば、顔も下膨れの福顔になって

バランスがとれるんだろうなあって思う。



毒は周囲を毒して、毒を持つ者の身を守り、

そこそこ成功すれば、今度は自分の身を毒で苦しめる。



毒自体には罪は無い。

要は、毒の使い方、タイミングにありというべきか。



ネコの爪は、収納自在。

毒を持つ人は、ネコの糞を煎じて飲めば、良いかも知れぬ。



記:とらのこども





PS 

さて女性にとっての毒のある人はとみれば、男らしい憎い奴。

心を奪う憎い奴。かもしれないが、毒抜きすれば魅力も半減。

できれば、自然のまま鑑賞がよろしいかと。いかがでしょう? entryBottom


 


 


[PR]

by toranokodomo | 2013-11-24 08:53 | コラム  

人生の密度

人の一生は、どのくらい生きたかではなく、どう生きたかで価値が決まる。



人間の生涯は四つの「シ」のプロセスをたどる。



・志 ― 若くして志を立てて行動し

・師 ― 師に学ぶ時期を経て

・詩 ― ロマン(詩)に身を委ね

・死 ― しかるのち、死が訪れる



人は信念と共に若く、疑念と共に老ゆる

人は自信と共に若く、恐怖と共に老ゆる

希望ある限り若く、失望と共に老ゆる



(参考書籍) 高原慶一朗著 感動の経営







  今から志しをたてるのは、遅すぎだろうか。。。

  社会に立ちたいと思う。

 

  如何せん、金も無し。

  アイデアも無し。なにより、勇気が無い。

 

  ダメな男かもしれません。。。



  家族の安寧か、青雲の志しか。

  自分らしいのは、どっちだ!?

 

記:ロドリゲス・とらのこども


 


 


 


追伸) じつは結論は、とっくに出ています。


わたしには、妻と子供のほうが、自分の欲求より上です。


家族をちゃんと守る。これが第一で、それでいいんです。


 


 


[PR]

by toranokodomo | 2013-11-21 19:34 | コラム  

「世界を壊せ!」

鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。



卵は世界だ。



生まれようと欲するものは、



1つの世界を破壊しなければならない。



H.Hesse Demian









生まれるヒナが内から殻を叩く。



親鳥は外から叩く。



そつたく同期という。





内から叩く気配がないのに、外から叩き続ける親がいる。



内から叩いているのに、ふさぐ親もいる。



殻を破り、親から巣立ち、初めて異性を口説けるのだ。





全ての力を振り絞って壊せ! 



飛び出せ!!



toranokodomo


entryBottom


[PR]

by toranokodomo | 2013-11-19 21:16 | コラム  

「登山の極意」

初めての登山は、たぶん誰かさんのお導き。


ご縁があって初登山。縁をむすんでくれた人に感謝です。


 


2回目に同じ山に登るのは、たぶん自分の発意があった。


そういう発意がじぶんのなかに起きた奇跡に感謝です。


 


もし3回、4回、5回と同じ山に登るったなら、


たぶん、その山がそれほど魅力的な顔を持っていたから。


 


自分ときっと相性のいい山なんでしょう。


大事にしてください。友達にも紹介するともっといいかな?


 


もしも10回以上登る山ができたなら、それは信仰と同じ。


気づいているはずです。登るたびに願うなにかを。


 


b0314227_2152573.jpg


 


と、ここまで書いて、


「登山の極意」は、「異性とのご縁」に似ていると思った。


 


読み返してみると、ますます、われながらそう思う次第。


皆様、いかがでしょう???


 


お山にせよ、異性にせよ、


ご縁があるのはありがたい、ありがたい奇跡でしょうね。


 


じっと手をあわせる。


 


言葉はいらない、じっと手をあわせる心でお付き合いを


ぜひとも、どうぞ末永く。。。


 


記:とらのこども


 


 


[PR]

by toranokodomo | 2013-11-17 17:14 | コラム  

「50代の皆様へ」

じいさんだけが幸せでは、会社も社会も幸福ではない。


若造だけが遊んでいて、それで万々歳でもない。


 


社会には、保守本流その中核というものがあるのだ。


それは、50代社員、40代の社員たちだろうと思う。


 


b0314227_2152243.jpg


 


40代の会社員というだけで、


わたしは心の中で最敬礼を送っている。偉いと思う。


 


ぜひとも重圧に耐え、立派な仕事を成し遂げて欲しい。


40代の皆さんの為、すべてのシステムがある。


 


そう思って過言ではない。実務こそ、重いのだ。


 


さらに、会社のなかで、家族のなかで、一族のなかで、


もっとも重きを占めるのは、50代の皆さんだろう。


 


50代の皆さんが、血わきたち、心の踊るような取組み


をしているなら幸いである。皆がともにあるだろう。


 


50代の皆さんが、ご先祖様に恥じない素晴らしい仕事


をしているなら幸いである。社稷は守られる。


 


50代の皆様へ、心をこめてお伝えしたい。


懸命に、真剣に、心を込めて、仕事をし、遊びましょう。


 


情緒が感動を呼び、世の為になる新製品を作り出し、


新サービスを世の中に問うのだと思います。


 


50代の皆さんが幸せであればこそ、


この社会ぜんたい、国ぜんたい、世の中が幸せになる。


 


だから、胸をはって自らの幸せを追いかけましょう!!


それがいいんです。それでいいんです。


 


そう思います。


 


記:とらのこども


 


 


[PR]

by toranokodomo | 2013-11-12 07:09 | コラム  

日本人の日本人らしさ

日本人の日本人らしさ、ということを考えたりする。


 


それは、厳しさと男らしさもあるだろうけど、


心の奥底に優しさがあると思う。


 


我慢して我慢するのだけれど、いざというときには


きっと立ち上がる姿が日本人らしいと思う。


 


そして、そうした価値観というものは、相手を忖度


する、そういう洞察というか、思いやりからなるもの。


 


そういう心をしっかり持ったうえで、


近隣諸国への無法や、恫喝に屈してはならぬと


 


あらためて、心に思う。


 


日本のスタンダードこそ、


21世紀にふさわしいし、人の世にふさわしい。


 


そういう人のいる国は、尊敬されこそすれ、


軽んじられてよいはずがない。


 


卑怯な心、いやしい心、卑屈な心、金かねという


そういう者どもが、日本を貶めるのだろう。


 


わたしは、そういうものにはなりたくない。


ご先祖様に顔向けできないではないか。


 


記:とらのこども


 


 


[PR]

by toranokodomo | 2013-11-08 06:39 | コラム  

すみません、のココロとは!?



日本語の「すみません」は、語源のひとつに「澄みません」とあり、



もともとの乱れていない静かな気持ち・・・、から、

あなたがしてくださった○○のために、



私のこころはこんなにも乱れてしまいました。

元の澄んだ状態にするために、わたしはどうすればよいのでしょうか?



どうぞ御礼に何かさせてください、

それでなければ、元のように心が澄みません。(澄まないことです。)



という気持ちを「すみません」という。

だから、感謝の意も含む。



b0314227_2151843.jpg


素材集サイトwebfoto(ウェブフォト)より


http://cool-liberty.com/photos/photo_006.html

http://webfoto.jp/




韓国語のすみませんは、「ミアナムニダ。」といい、

漢字で書くと「未安ハムニダ」である。



意味は、漢字を読んだままで、「まだやすらかでないです」となる。



今では韓国語には、感謝の意味を含まず、陳謝の意味だけになったが、

漢字の意味からすれば、同じ語源、同じ意味なのだ。





かつて、とらのこどもが、韓国語がもっともっと拙い頃、(今も拙いが・・)



BARでバーテンの女性に、上記の意味を一生懸命説明して、

だから、韓国語と、日本語は近い関係なのだ。と力説したことがある。



それは、吉本のギャグのように、

身振り、手振りを交えながら、1時間以上の大苦闘だった。





 ここに池がある。この池がボクの心だ。

 あなたが、例えばこういうことをしてくれた。うれしい、ありがたい。



 こころが乱れる。それは池に波が立つように。。。



 元の池の状態にもどるために、なにかをして差し上げたい。

 その気持ちを澄みません、未だ安らかでない。というのだ。






今ならもっと、もっと、気持ちを伝えられるだろうか・・・。

おそらくは、1時間の苦闘を、笑顔で聞いてくれた彼女こそが素晴らしい。



その後、会ったことはないが、「あのときは、すみません。ありがとう。」

と伝えたいものだ。



約5年前、クリスマス直前の雪の夜。美しいひとだった。




記:とらのこども http://plaza.rakuten.co.jp/toranokodomo/


entryBottom

//.subContents

//.contents google_ad_section_end(name=s1) entryBottom


[PR]

by toranokodomo | 2013-11-01 17:11 | コラム  

エッセイ:小さなけんちゃん

作家 林真理子さんの長年のファンで、小説も読むのですが、

いろいろな雑誌に掲載のエッセイがいいんですね。



なんとも、好きな文章なんです。この頃、温かく円くなってきた。

ファンサイト:http://hayashimariko.web.fc2.com/book/58.html



それで、彼女を含め気に入りのエッセイ等をスクラップしてます。

雑誌、新聞などをビリビリと破って、服のポケットや、ノートの

ポケットに入れるだけ。



なかで最近のもので、「小さなけんちゃん」というのがあります。

短かいものなので、ご紹介したいと思います。(agora誌より)







けんちゃんがわが家にはじめてやってきたのはたった二歳、お誕生日が

過ぎたときだった。すでに、「お泊り」で馴染んでいる小学生三年生の

とも君、五歳のゆうちゃんのお兄ちゃんたちに挟まれてやってきたけん

ちゃんの手には、着替えが入った、大きなデパートの紙袋がしっかりと

握られていた。



お兄ちゃんたちにしても、着替え勉強道具入りの紙袋だけど、赤ちゃん

を脱したばかりの、背丈だってテーブルの下へすっぽり入りそうに小さ

な子が紙袋をぶら提げる姿には、憐憫を覚えないわけにはいかず、袋の

底を引きずりながら部屋に入ってきた。



そのいたいけなさ、そのことだけで私の胸は痛んだ。

いまの時代、わが子が外にお泊りするといったら、親たちはカバンなり

リュックなりを用意してやるだろう。だが、そうしてもらえない事情を、

けんちゃんは背負っている。



けんちゃんたちは、児童保護施設で暮らす子どもたちである。



交通事故とかで親を亡くしたとか、親が養育放棄したとか、さまざまな

理由で保護されたのだ。家庭と言う者を知らずに育つので、自分が結婚

して家庭を持った際に途方に暮れて、ギブアップ。子がさずかっても、

育て方がわからず施設に送るというケースもある。



こうした悪循環を防ごう、家庭を学ぶ機会をあたえようという制度が、

私の住む地域での「三日里親」。学校の長期休暇の時期に子どもたちを

二週間ほど、応募の中から認可した里親家庭へ預け、普通の家庭生活の

ありようを体験させるのだ。



とも君たちはわが家に来るようになって三年目なので勝手知ったるもの、

私を「おかあさん」とわだかまりなく呼び、台所に立つ私の傍らで魚を

捌くところをじっと見る。彼らは決して部屋中を飛び回ったりしない。



お行儀の良さは、わが息子以上である。小さいけんちゃんはお兄ちゃん

たちの後ろにくっついていたが、二日もすれば、私にべったりの腰ぎん

ちゃく。近所の八百屋さん、肉屋さんへの買い物も全員がついてきて、

けんちゃんは私に負ぶわれて帰る。



ある夜のことだ。「家族全員一部屋で、いっしょくたに寝よう」という

相談がまとまり、和室に布団を敷き、合宿状態で就寝した。

私の布団にはけんちゃんがいて、眠りにつくかどうかというときだった。



向こう向きに寝るけんちゃんが、どういうことか、小さな手で壁をひっ

かいているのだ。「どうしたの」と聞いても返事がない。顔を覗くと

何かを我慢するように口元をぎゅっと結ぶ。



その頬に赤みがさしている。驚いておでこに手を当てると熱い。



急ぎ体温計で熱を測ると三十八度。たいがいの二歳ならぐずるところだが、

けんちゃんは泣きもせず、黙って我慢した。きっと我慢の限界がきたので、

でも私は本当の母ではないと二歳にして承知しているから、壁に助けを

求めたのだ。



応急手当に小児用熱さまし、そして久方ぶりに忘れずに仕舞っておいた氷

まくらを取り出した。少しゴムの臭いのする口に製氷室の氷を入れながら、

私はなんだか無性に悲しくて、涙がこぼれてしかたなかった。







  林真理子さんの温かさが、文章からほのかにかおり立ちます。

  そんな気がします。私も涙がこぼれてしかたがなかった。

  プロの文章というのは凄い。さらりとして本物に見える。



  記:とらのこども
entryBottom


[PR]

by toranokodomo | 2013-10-31 17:17 | コラム  

「遠い日の夕暮れ」

子供の頃を思い返せば、あんなに親しかった友人たちが

今はもうどこにいるかも、生きているかすらわからない。


 


5時半になったら家に帰る約束だったのに、あまりにも遊びに熱中して、

ついつい夕日に追われるように帰る。案の定鍵を閉められている。


 



「こんなに遅くに帰って。どこの子ですか?」 冷たく言い放たれて

「またやってしまった」と後悔する。


 


b0314227_2151620.jpg


 


玄関の前に立って泣き出しそうになると、しばらくしてカチャリと鍵が開く音がする。

「明日は約束まもるの?次やったら外に遊びに行かせないからね」と約束させられる。


 


家に入るとカレーの匂い。兄弟がもう食べはじめている。

口をほくほくさせて食べているうちに、もう母との約束の事を忘れかけている。


 


そんな一日一日が充実した毎日だった。


毎日怒られていたけれど、それでもふとんに入ると明日になるのが待ち遠しかった。


 


もう戻らない、あの何でもなかった日。


 


 


 


2ちゃんねるやネットの泣ける話をまとめた涙腺崩壊系の感動読み物サイト。


http://nakeru-story.net/



[PR]

by toranokodomo | 2013-10-27 00:01 | コラム