カテゴリ:コラム( 105 )

 

幸せになる条件

「風の中の子供」などの童話作家として知られる坪田譲治(1890~1982)さんは、
中学入試で2回、高校入試で1回、大学の進級試験で3回、計6回も落第した

という。そんな坪田さんが、62歳の頃にこんなことを言っている。

「ユックリと勉強して、ユックリと恋愛して、ユックリと年をとっていく

ことである。人生の楽しみ、自ずからその中にありである」

また、日下公人さんも「幸せになるための4つの条件」を上げていた。


 1 そこそこ豊かであること
 2 自由な時間があること
 3 自分を発揮する場があること
 4 自分自身らしさがあること

それらを考えると、いまの教育環境は、

人工肥料ばかりのひよわな促成栽培ではないかと思ったりする。
あまり急いでいては、じっくり自分自身らしさをつくることはできないだろう。

 


受験勉強などにわずらわされることなく、「ユックリと勉強して、ユックリと
恋愛して、ユックリと年をとっていくこと」が出来る時代は、いつになったら
実現するのだろう。

 

とりあえず、親自身が、子供の幸せになる条件を損なわないように、

気をつけたいものと思います。

 

皆さまはいかがでしょう??

 

お子さんが幸せな顔をしていますでしょうか。

そうであれば重畳、きっと素晴らしい子育てをしていらっしゃる。


記:とらのこども


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by toranokodomo | 2014-02-02 21:34 | コラム  

あなたは守られている

地球がオゾン層で守られているように、あなたもまた守られている。
目には見えないが、いくつもの薄いヴェールに包まれている。

感じることはできる。そっと目を閉じて、両手で自分を抱きしめると。
そのうえからも、誰かがそっとやさしくあなたをいだいているのだと。

手の上に、そっと手を重ねるように。
オーラのうえに、またオーラが、いく層にも重なっている。

大好きな人、大切な人の名前をつぶやいてみてもいい。
ゆっくりと、やさしく、くりかえし、ささやく。

銀色の宇宙船がオゾン層を突き抜けて、大
宇宙へ飛び立つように、
あなたもあなたの力で、どこへでも飛んでいくことができる。

でも、時間を超えて、空間を超えて、あなたはいつも守られている。
そっと、ぎゅっと、確かに、いだかれているのだ。

君守る/いつもどこでも/遠くから/気付いてこころ/キュンと鳴れ!

キュンって鳴って、また力の限り、走ればいい。
あなたは守られているのだから。


記:とらのこども

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by toranokodomo | 2014-02-01 23:43 | コラム  

「元気な木」

元気な木は、見れば分かる。
元気な木は、葉っぱがいっぱいあって、

葉っぱの1枚1枚の色、艶、大きさがじゅうぶんで、
お日様に照らされ、光り輝いている。

風にそよぐ大きな木。
でもそれは、立派な葉っぱがいっぱいの大きな木。

もし人間に例えるとすれば、普通は、
人間ひとりだけで、木の全体を対比するだろうが、

ぼくは違うと思う。

葉っぱは、自分の手や足や髪の毛じゃあないんだ。
葉っぱは、自分の友だち。

元気な人は、友だちがいっぱいあって、
友だちひとりひとりが、元気はつらつで光ってる。

いろんな場所でがんばっている。

だから、大きな人は、
素敵な友だちがいっぱいの「魅力の人」だ。

木:とらのこども


 


 


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by toranokodomo | 2014-01-26 23:41 | コラム  

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

台所でフライパン握り締め、「ぎゃー」と叫ぶ山の神。
どうした、だいじょうぶか!?と、僕も子どもも駆け寄る。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と山の神。


帰省して、従兄弟たちと走る子ども。カーブでひっくり返る。
学校に自転車で通う子ども。自宅まであと10m地点で転倒。

なみだを流しつつ「だいじょうぶだよ」と言う子ども。


出張で財布を忘れ、空港でパスポートを忘れ、新幹線では
切符の日付が違う。「しまったー」と叫ぶわたし。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

韓国の乗務員は、本当はダメなんですけど、仕方ないですね。
もういいですと、日付違いの切符にサインをくれた。


  人生、イヤなこともあるけど、いいこともあるもの。
  イヤな人もいるけど、いい人もいる。
  誰にでも欠点もあれば、長所もあるはず。
  大きな幸せは少ないけど、小さな幸せならたくさんあるよ。

  だいじょうぶ、だいじょうぶ!!


  記:とらのこども


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by toranokodomo | 2014-01-25 21:09 | コラム  

お付き合いの味わい(再掲)

ところで、君子の交わりは淡。水の如し。 というのがありますが、

世間一般には、水臭いくらい淡いという誤解がありますな。



ちょいと話しを変えますけど、お茶の飲み方で三煎というのがあるらしい。

第一煎は温度を微妙に調節して甘みを味わい、

第二煎は温度を高めにするのやと思いますが、苦味を味わう。

第三煎では、茶の持つ渋みを味わうように淹れるらしいですね。

渋みいうのは、甘み、苦味、、さらに渋みのなかにこそある甘みを愉しむ。



最近、タンニン(渋み)のなかにカテキン(甘み)が見つかって、茶の湯の

三煎の意義が見直された記事をみたことであります。



話しを元に戻します。



君子の交わりは淡。「淡交」というお付き合いは、上記のお茶の三煎の如く

甘みも、苦味も、渋みもある、人生の労苦、機知、なんともいえない面白さ

そうしたことが解る人物になってこその、お付き合いを指しているいうこと。



その窮みが「水の味わい」ということになるんやそうで、

君子の交わりは淡。水の如し。  このこころは、水臭い付き合いいうのは大間違い。

味わいの窮みとしての、水の味わい。醍醐味のあるお付き合いを指してこそ、

君子の交わりやそうです。



とすれば、「茶飲み友達」というのも、奥深い言葉いうことになりますね。

君子には、なかなかなれしませんけど、苦労はそれなりに積み重ねて齢を重ねていく。

せやから、ええ茶飲み友だちを得られるよう人付き合いせなあきません。



以上、安岡 正篤先生の解説よりご紹介。





  自分を省みて、Aさんは茶飲み友達的人生の師であるし、

  つい先日は、Tさんからソウルメイトと言っていただいて身の引き締まる思い。



  Mさんとも、Sさんとも、もちろんOさんと茶飲み友達になりたいと思います。

  まずは刻苦しつつ、奮励努力の毎日をよく送り。いつかゆっくりお茶を飲みませう。



  人生は深く、楽しく、味わいがある。と思います。

  今のところは、もがいているだけですけど。楽しく、味わいがあるのちゃうかなあ。

  そう思いながらもがいているところが、30代の頃との差でしょうか。 


  記:とらのこども



  注)とらのこどもは40代です。


 


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by toranokodomo | 2014-01-25 10:04 | コラム  

運命の分かれ道

荒野のなか、ずんずん歩いてきた道が二つに分かれている。

主人公は、コイントスや、棒を倒したりして、迷わず進む。



もし自分だったならと思うと、とてもそうできそうにない。

なんとも男らしさ、潔さを感じます。



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さて、今日のお題の副題は占いです。

古今東西、占いほど世にはびこるものはあったんだろうか。



そもそも、政治や、宗教でさえ、さらにギャンブルもそう。

根っこは同じではないのかと思ってしまいます。



人間は、その精神の地下には普遍的な地下水脈があります。

そのことにおいて、ひとつなのかなあと。



茶柱を見て占うのも、コイントスで占うのでも、

きっと偶然という名の必然が支配する。



この神秘的なものごとを、科学の中に正当に位置するため

には「統計学」という確率論に依らねばなりません。



そうなんですが、占いというのは、

神秘のパラドックスですね。



血液型占いも、星座占いも、動物占いも、

捨てたものではないし、わたしそういうの大好きです!!



記:とらのこども


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by toranokodomo | 2014-01-22 07:21 | コラム  

ありがたい、しあわせを感じるこころ

watashitachi wa nandemo dekiru.

dareka to nanika wo shitai to sou omoimasu.



kandou shita shi wo okurimasu.



あたりまえ 

こんなすばらしいことを みんなはなぜよろこばないのでしょう

あたりまえであることを

お父さんがいる お母さんがいる

手が二本あって 足が二本ある

行きたいところへ自分で歩いて行ける

手をのばせばなんでもとれる

音がきこえて 声がでる

こんなしあわせがあるでしょうか

しかし だれもそれをよろこばない

あたりまえだと 笑ってすます

食事がたべられる

夜になるとちゃんと眠れ そしてまた朝がくる

空気を胸いっぱいにすえる

笑える 泣ける 走り回れる

こんなすばらしいことを みんなけしてよろこばない

そのありがたさを知っているのは

それをなくした人たちだけ

なぜでしょう

あたりまえ



若くして癌で亡くなった医師・井村和清氏の詩

著書に「飛鳥へ そしてまだ見ぬ子へ」がある








  ありがたい、しあわせを、感じるこころ。


  ちゃんと持ってますか?


  忘れてませんか?




 


  とらのこども@再掲です。


 


 


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by toranokodomo | 2014-01-03 08:04 | コラム  

わたしのおもう「いい男」

美女シリーズのお次は、やっぱり「いい男!」かなと

思いまして、お題をあげてみます。



古来、女性は太陽だった。という言葉がありますけど

わたしもまったく同じ意見です。



とはいえ、朝陽もあれば、中天に光り輝くときもある。

かげろう夕陽もあるし、ときに日食もある。



そういう女神とともにあり、女神のための

最高の男性とは、、



ワタシの個人的意見ですが、それは父であり兄であり、

ときに弟であり、息子であり、アイドルでもある。



そういう、その時に必要ないろいろな顔を演じ分ける

そういう男性こそ、分別があるとおもいます。



偉い、立派な、強いだけではダメで、



やさしく、愛を語るだけでもダメ。



赤ちゃんのような男も論外です。




女性はいつも変らず、太陽として輝くように、

すべての役割を果たすのが、いい男じゃないかなあと



つらつら思うわけです。



皆様、いかがでしょうか?



記:とらのこども


 


 

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解説) 愛とは、言葉じゃないんです。愛とは、具体的行為。


わたしは単身赴任中ですけど、毎日、朝と晩に電話します。


うっとーしー、、と山ノ神に言われても、電話をします。


それが、今のわたしのできる精一杯だから。


 


もし一緒に住んでいるんなら、そんなことしないんですけど、


離れているからこそ、その電話一本がなにかをつなぐ。


 


そう信じています。


愛とは、どんな行為であれ、ずばり頻度だと思います。


 


今は、いたらないばっかりの僕だけど、


いつか、「あんたでよかった」そう言ってほしいから。


 


あっ、いい男! 俺のことかーー。(へへ)


 


知らんかったーー。


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by toranokodomo | 2013-12-15 09:13 | コラム  

人生はドラマより面白い!

   『人生は1チャレンジ、1ページ。』



    自分の人生、自分が主人公である。


    ということを忘れがちではないですか?

    自分の人生をどんなストーリー=小説を描いていますか?

    人生を1冊の小説に例えると、1日1ページがめくられ、

    寿命と共にその小説が終わる。と思っていませんか?




    そうではなく、1チャレンジで1ページをめくる。ということが重要です。

    積極的に1チャレンジをする。1アクションを起こす。1リスクを負う。

    その結果、人生の楽しみ。広がり。豊かさ。彩りを得ることになることが

    できるのではないでしょうか?


  



   経営コンサルタントの桑原正守さんの言葉。



   素敵です。



   前向きに人生楽しみましょう♪



 


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by toranokodomo | 2013-12-15 08:21 | コラム  

カゼグスリ (昔話し)

咳き込んでいたら、会社の女の子から風邪薬をもらった。

「PANPYRIN-F」という内服液だった。



「ロドリゲスさん、この薬飲んでみてください。

私が飲んでいる薬なんですけど、よく効きますから。咳、止まると思います、、」



「でも、ちょっときつい薬なんで、気をつけてくださいね。

寝る前とかがいいと思います。お大事になさってください、、、」



もうかれこれ2週間も、風邪をひいて、咳き込んで、苦しい思いをしていたから、

ありがたくもらった。



顔はにっこり笑いながら、風邪薬を持っている手は、

あげよかな、でもどうしようかな、ってすこし揺れているような気がした。



それにしても、もらってすぐ飲んで、

ふらふらと夜の街へ飲みに出かけるとでも思われてるんだろうか。



薬で多少ふらふらしつつ、車の運転をすると思ってるのかなあ。

国際免許もないし、自動車も持ってないのに。



むむ、む、考えすぎ。







別れた後、自宅に帰った。

帰りの地下鉄で、すぐにも飲もうかと思ったが止めて、自宅まで帰る。



部屋の明かりをつけ、薬をダイニングの棚のところにおいた。

しばし考えて、自分の風邪薬を飲んで寝る。



「カゼグスリ」は、お守りにしたのだ。







ときどき、「カゼグスリ」を見る。たまに手に取る。

もらったときのことを思い出す。



禁煙しなきゃな~、、、と思う。

彼女はタバコのこと、何もいわないけど、好きじゃないだろうし。



というわけで、彼女からもらった「カゼグスリ」は、今もダイニングの棚のなか。

まるで写真立てのように、鎮座しているけれども、

ぼく以外の人には、ただの風邪薬にしか見えない。



彼女からもらった風邪薬のことは、とりたてて誰にも言わない。

お守りにしている「カゼグスリ」のことは、彼女にも言わない。



ぼくだけの秘密だ。大人には大人の小さな秘密がたくさんある。



記:とらのこども


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by toranokodomo | 2013-12-11 17:40 | コラム