カテゴリ:コラム( 105 )

 

余計なこと

自分のできることを、当たり前のことを、まじめにコツコツと。
それで生活できるし、お金も貯まる。家族もしあわせに生活できるものを。

なぜか、お金がない、時間がない、仕事がおろそかになる。
しなくても良い何かに、時間を、労力を、お金を使っているに違いない。

それを趣味というのか、サイドワークというのか、生きがいというのか、
はたまた浮気というのか。。。

言い方はそれぞれ。
本質はひとつ。 「本当はしなくて良い余計なこと。」

愉しみの範囲でやるか、思い切って飛び込むくらいの勢いでやるのか、
余計なことの取扱いこそ、人生の要諦かもしれぬ。

そのことこそが、活力、幸せの種かもしれないし。


記:とらのこども



  まだまだ今年はこれからです。

  今からでも、できることはいっぱいあります。


  夏休みの計画とか、急げばゴールデンウィークでも
  まだまだ間に合います。

  「お父さん!!、もう、余計なことを!!」

  そういうセリフは、ホントは褒め言葉かもしれませんよ。


  余計なことをするお父さんは、嫌いですか?

  記録よりも記憶。それは、家族にこそふさわしい。


  と、とらのこどもは思うんですよ。



[PR]

by toranokodomo | 2016-04-10 23:27 | コラム  

政治という世界、マスコミの意義

政治という世界は、欲と欲のぶつかり合いの世界だと思う。

「正義という剣」を握りしめ、ご先祖さまのご加護のもと、国民世論というアマチュアの
ジャッジメントに気を遣いつつ、未来(孫や子供の世代)のために闘い続ける。

ゆえに、投票という行為は、欲に突き動かされておこなうものではないか。
または、正義のためにと思って行うことになるんだと思う。

正義は、おうおうにして人を傷つける。他人だけではなく、自分をも傷つける。
投票結果をみて、まじめな人ほど思い悩み、苦しむことになる。

子どもにも老人にも、女性にも投票権は不要だ。欲と金の世界とは一線を引くべきだと
心から思う。もちろん、多くの成人男子にも不要ではないか。
大昔の制限選挙でじゅうぶんだ。

それにしても、もっともっと欲と金に突き動かされて動いているのは「マスコミ」だろう。
その罪は万死に値するのではないか。人としてあんなに罪深い行為はないと思う。
もし天国があるとして、マスコミで仕事すれば権利を失うだろう。

言葉はいらない。言葉以外でつたえるものにこそ、温かい誠がある。
欲と金の世界へはブラインドをかざし、見ざる、言わざる、聞かざるがいいのだ。

みんな幸せになってほしい。わたしもしわ合わせになりたい。
今日、できることを、誰かさんのためにして、それを積み重ねていくだけだ。

だって愛ってのは、具体的な行為なんだから。
ごほうびは、誰かさんの笑顔だね!! 

記:とらのこども

b0314227_08484765.jpg

[PR]

by toranokodomo | 2014-05-31 08:49 | コラム  

「友情と言う気持ち」

北野武さんがこう言っていた。

友情というのは、

こっちから向こうへ一方的に与えるもので、

向こうから得られる何かではない。

友情とは、自分の相手への気持ちだ。



それで、格言、金言ではどんなのがあるか調べてみると、たくさんあった。
そのなかで、ああいいなあと思ったのは、


あなたが他人に対して尊敬と、思いやり、

そして暖かい空気を抱いていれば、

それは気温のように、空気のなかの香りのように、

まざまざと相手に伝わります。

そしてあなたの人間関係は肯定的なものとなります。


R.コンクリン


  ぜひ、かくありたいものだと思った。

  あたたかい空気。抱いてますか? ピリピリしてませんか?

  よき「気」を持て、放て!! 


  記:とらのこども  entryBottom


 


 


[PR]

by toranokodomo | 2014-04-04 06:54 | コラム  

「手を伸ばせばとどくもの」

「手を伸ばせばとどくもの」

2014/03/16 19:55

 

手を伸ばせば届くもの。

ほんとうは、いっぱいいっぱいあるはずです。

 

光り輝くような思い出は、

ほんとうは、お金がなくってもつくれると知っています。

 

お金がなきゃ、、、と悲しむだけじゃあもったいない。

 

何かをするということは、

「誰かと何かをする」、ということです。

 

誰かと何かをしたならば、びっくりするような展開が

あるかもしれません。いや、あるんです!!

 

人生、そうでなきゃ面白くない。

手を伸ばせば、グラスに輝く明かりが入るんですよ。

 

記:とらのこども

 

 

 

PHOTO:画像ランキングより

http://tumblrport.com/jp/articlelist.php?format=photo&mode=rank


[PR]

by toranokodomo | 2014-03-16 19:57 | コラム  

「悪いことはできない」

ばれない!と思っても、悪いことはできない。

見られてないと思っても、必ず見られている。
気づかれないと思っても、必ず気づかれる。

障子に穴あり。壁に耳あり。

さらに、ご先祖様も見ているし、神様、仏様も見ている。

なにより、自分が見ている。
自分というのは恐いもので、自分なのに自分でない自分がいる。

だから、悪いことはできない。
さわやかな、ほがらかな、正義のある自分でいるべきなのだ。

であればこそ、大きい力がちゃあんと出るのだ。
それは、自分のためだけではないからだ。

記:とらのこども

 

墓参りに行って、手を合わせて、

「がんばってます!」と報告したいものですね。


[PR]

by toranokodomo | 2014-02-24 20:31 | コラム  

大切なモノ、大切な人

どうしても、どうしても、どうしても大切なもの、
どうしても、どうしても、大切な人ってのは、

本当はひとつだけでしょう。


それが自分であるうちは、利己的になる可能性があるけれど、
それが他人になったときに、神仏に近づく。

自分を犠牲にできる人ほど、無敵な人はいないから。

どうしても、どうしても、大切なもの。
どうしても、どうしても、大切な人を持っている人は、
光り輝いています。

記:とらのこども



記:とらのこども


 


 


[PR]

by toranokodomo | 2014-02-23 09:21 | コラム  

「~子ちゃんへの願い」

かつては、「○○子」という名前が世間にあふれていました。

が、テレビで女の子の人気の名前TOP10に、最近10年

ランクインしていないとのこと。



そうか~。そうなんだって今さらながら、再認識しました。



そのテレビでは、なかなか良いことを言っていました。

それは、「○○子という名前に込められた願い」というもの。





あるとき、明子ちゃんという子が

「自分の子のつく名前が嫌い!」と言っていた。




そこで、それを聞いたおばあちゃんがこう言ってくれた。



明子ちゃん。○○子って名前はね、

子という漢字は「一」と、「了」からできてるでしょ。



「一」は初め、「了」は終わり。



だから、明子が一生、ずっと明るい子でありますように

という、そういう願いが込められているの。



だから、とってもいい名前なんだよ。。。と。



明子なら、生涯、明るく過ごせますように、

栄子なら、生涯、栄えますように。



そういうご両親の願いなんだと。



この話し。おばあちゃんの理屈、おばあちゃんの優しさで

こういう話しをしてくれた。



本当かどうかは私はわかりませんが、そういう周囲の愛の

かたちが名前にもあり、子どもたちへ注がれていることは

間違いない。



こどもらを大切に、大切に思っている気持ちから生まれた

この話し。皆さんはどうお感じになったでしょう。



○○子ちゃん、いい人生を!!



記:とらのこども


 


[PR]

by toranokodomo | 2014-02-22 18:00 | コラム  

宇宙の話し

山に行き、林に入る。木々がうっそうと繁っている。
木の向こうに木があり、さらに奥の方に、左右に林が広がっている。
目の前には、木々の壁ができて、林の先のほうは見通すことができない。

ところが、夜の空には星々がまたたいているけれども、星の壁では無い。
全天、星に蔽い尽くされていない。黒い部分がいっぱいある。
即ち、宇宙が有限であることを夜空が教えてくれている。


これから先はなんとなくの感想なのだけれど、
宇宙がひとつだけ、というのはあり得ることだろうか?

ひとつあるなら、もうひとつあってもおかしくないような気がするのだ。
50個も、100個も、それこそ無限の宇宙があって良さそうなものだ。

ぶどうの房は、ひとつだけより数十個固まってこそぶどうらしい。
きっと宇宙もそうだろう。

親宇宙があり、子どもの宇宙があり、孫の宇宙もある。
大きい宇宙もあれば、小さくってかわいい宇宙もあるに違いない。

植物人間状態が、人と呼ぶのに残念ながらふさわしくない。
それは、意識の有無だろうと思うのだけれど、

思念というものが、宇宙のどこかからか、
この宇宙の、この太陽系の、この地球の、この日本の、この私に宿った。

この奇跡に感謝したい。


あらゆる存在物を包容する無限の空間と時間の広がりは、
この私の思念のなかにもある。この相対性こそ、思念の故郷を示している。

なんとなく、そんな気がする。
その世界も、きっと黄金比の世界なのかなあと。。。

奇跡に気付く「インプリント」が、人の思念の中にあるのだ。
欲望ばかりの世界にいてはいけない。そうササヤイテイル。

記:とらのこども


[PR]

by toranokodomo | 2014-02-16 21:32 | コラム  

金をくれ

かつて、母親に金をくれ!というのは、
心が痛かった。

よく憶えていないけれど、とても言いにくかった。

菓子を買いたいから、小遣いをくれ、

漫画を買いたいから、金をくれ、

参考書代をくれ、靴代をくれ。

当たり前だが、何十、何百回と言っただろう。
どうして言いにくかったか。。。

今の子供はどうか。
心のどっかに、痛さはあるだろうか。

金をくれ。

できるなら、そういう言葉は言いたくないものだ。

なぜかしら、心が痛むから。。。

記:とらのこども



[PR]

by toranokodomo | 2014-02-11 09:50 | コラム  

大人の条件

以前のブログで、日本人はこどもの国かもしれないと書いた。

大人になりきれない子どもが、こどもを産み育てる。
溺愛し、愛玩動物のように育て、大人になれないこどもを作ると。

ところで、大人の条件ってのはなんなんだろう???

つらつら考えてみるうちに、
あるコマーシャルのセルフに行き着いた。

「強くなければ生きていけない。
 優しくなければ、生きる資格が無い。」


私は、やさしさが大人の条件なんだろうと思った。
では、やさしさって何だ???

それは、他人のこころが分かることではないかと思う。
繊細な心で忖度する気持ち。

自分のことばかりでは決して無いという余裕。
それがやさしさではないだろうか?

そのやさしさをふんだんに持っているのも、また日本人だろう。
こどものようでいて、大人の日本人。

本当に不思議だ。
この寛容さは、いったいどこから来るのだろう?

謎は謎を呼び、日本人なのに日本人のことがわからない私である。

記:とらのこども


  既存の会社を超える素晴らしいものが、きっと出てくる。
  立ち上がって欲しい!!きっと応援したいと思っている。


[PR]

by toranokodomo | 2014-02-10 21:21 | コラム