「冬の準備」

散歩する。


 


蝉の死骸が落ちている。蝉は地中深く、子孫を残して


死んだのだろうと、その骸(むくろ)をみて思う。


 


木々の中には、早くも葉を黄色くしつつある樹がある。


太陽の日を受けない葉っぱは早めに落とすのだろう。


 


夏の日の恩恵を、樹の中ぜんぶにため込んで、秋の


実りに、冬の備えに使おうとしているのか。


 


「人生には、たった二つの生き方があるだけだ。

 一つは奇跡などないかのような生き方、

 


 もうひとつは、

 まるですべてが、奇跡であるかのような生き方だ」

 


そう、アインシュタインは言ったそう。


 


蝉などの昆虫、街路樹などの木々の生き方はどっち


だろうと、ふと思った。


 


人間様は不自由だ。歩けるし、話せるし、仕事という


日々の縛りがあるし、友人があり、家族がいる。


 


夏の日の恩恵を、自分のなかにため込んで、秋の


実りに、冬の備えに使おうとしているのか。


 


「百日の夏」が過ぎようとしている今だから、


 


そして、


人生の「百日の夏」が過ぎようとしている今だから、


散歩ついでに、いろいろ想う。ぐる・ぐる・ぐると思う。


 


ただ私の場合は、


ぐる・ぐる・ぐると思うだけ。思い悩みはしない。


 


汗いっぱいかいて、帰宅して、シャワーを浴びる。


氷をいれた、冷たいお茶が体に沁みとおる。


 


甘露~。


 


記:とらのこども


 


 


[PR]

by toranokodomo | 2013-08-31 11:11 | コラム  

<< 二百十日(にひゃくとおか)  「夏の終わり」 >>